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「いただきまーす!」 第11話

2020/07/11
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第11話

一平の豚の内蔵検査練習は続く。
今日は3人立ちだ。
最上流に木村、真ん中に一平、最下流に我妻が立つ。

「昨日と同じだ。」
「1頭目が木村、2頭目が田中、3頭目が俺だ。」
我妻がナイフに棒ヤスリをあてながら2人に言う。
「だいぶラインスピードに乗れてきたな。今日からのテーマは、病変を見つける目を身につける、だ。」
「いいか、今日からが内蔵検査の本番だぞ。昨日まではただの入り口だ。」
「了解です。」
そんなん言われると緊張してくるなあ…。
けど今日は初めて木村さんと一緒に仕事。

木村は最上流に立ちながら解体ラインの前方を眺めている。

検査台で見る姿、凛々しくてカッコいいなあ。

やがて1頭目の内蔵が木村の前に流れてくる。
木村は流れるような手付きであっという間に検査を終え、エプロンやナイフに着いた血を洗い流している。

ようし、俺もいいとこみせるぞ!

まずは赤物。整復して大きく全体を眺めてから舌、肺、心臓、肝臓をチェック。
よしよし、ナイフは切れるぞ。
次は白物。もう整復は手慣れたもんさ。腸管膜リンパをパラッと広げ、ナイフの切っ先で一発、割を入れて、と。
こんなもんかな。

一平の下流に立つ我妻の前に、一平の検査した内蔵が流れていく。
我妻は一平の検査した内蔵が流れていくのを黙って見ている。

ふう…。とりあえずOKみたいだ。よしよし。

今日は我妻はあまりガミガミ言ってこない。検査開始から数十頭流れた頃には、一平の緊張もだいぶ和らいできた。

と、いきなり木村が心臓を掴んで凝視し、すぐさま解体ラインの停止ボタンを押した。
解体ライン全体が音もなくピタリと止まる。
木村が足元のプラスチック容器を引っ張り出すと、内蔵を丸ごと全部入れ、番号札をその上に置く。
「係長!1145番、イボです!」
イボ?イボって言った?
心臓の弁に細菌が住み着いてできるカリフラワー状の病変を言い、疣状心内膜炎てやつだ。かつて血中に細菌が入り込んで全身に回っていたことがあったという証拠であり、今現在も、心臓の弁に出来た病変から血流を介して全身に菌が飛び散り続けている恐れがある。
なので全身の主な部位を培養して菌がいないことを確認しないと、食肉として流通できない。
まずは解体されつつあるその豚のパーツの確保だ。

「木村、枝を頼む!ラインを再開してくれ!」
「じゃ、流します!」
木村がライン停止ボタンを引っ張り上げると、大きなブザー音とともに解体ラインが動き出した。
「田中、お前はそのまま続行だ。」
「了解です。」

木村が内蔵検査台から素早く降りていく。
我妻がおもむろに振り向き、内蔵検査ポジションの背後にある頭検査ポジションに立っていた津田を見る。
津田は我妻に手を挙げて応じている。
津田の足元の容器には既に、その豚の頭が番号札と共に置かれてあった。頭と番号札を確認し、我妻が津田と目を合わせる。

内蔵検査台から降りた木村は、枝肉の皮剥き処理作業担当者のポジションに行き、枝肉に付いている番号札を確認し、その豚を指差した。
頭は既に落とされており、内蔵が抜かれ、皮の一部を剥がしている途中の状態でぶら下がっている。
「そう、それ!札付けといて!」
了解です、と言い、解体担当者が指示された解体途中の枝肉にプラスチック製の赤い札をかけた。

解体ラインは再開しているので、パーツの確保をしている間も解体処理はどんどん進んでいる。
一平と我妻の目の前にも次々と内蔵が流れてくる。
我妻は、木村の分も加え、恐ろしいスピードで豚の内蔵検査を続けている。
検査しつつ木村が札をかけたことを確認するやいなや、インターホンをひっつかんだ。
「枝検査か?イボが出た。札着けて流れていくから頼む。」
インターホンをフックにかけた頃、木村が内蔵検査台に戻ってきた。
「ありがとうございました。」
「おう。」

ここまで2分ぐらいしか経ってない…。

木村が内蔵検査を再開した。
解体担当者も含め皆、もう何事もなかったかのように作業を続けている。

俺もやんなきゃ。後で色々聞かなきゃな…。

周りの様子に呆気にとられながらも、一平も上流から流れてくる自分の担当分の内蔵を掴んだ。

やがて解体ラインが小休憩に入った。
最後の内蔵の検査が終わると、我妻が足元の肝臓や肺を見せながら一平に声を掛ける。
いつの間にか、一平が見逃してしまった病変のある内蔵を、番号札と共に確保しておいてくれていたらしい。
「これは廃棄、な。」
「病名はわかるな。後で書いとけ。」
「了解です。ありがとうございました。」
「これから木村がイボのサンプリングするから、一緒についてって見とけ。」
「分かりました。」

やったあ、木村さんとお仕事なんて初めて!
「木村さん、よ…。」
よろしくお願いしますと言おうとして木村に向き直ると、木村がステンレストレイとビニル袋をぐいと突き出してきた。
「あのさ、昼飯食えなくなるからさっさとやるよ!」
「心臓は丸ごと。肺、脾臓、肝臓は10㎝角ぐらい取って。」
「残りの臓器は焼却してって作業員さんに言っといてね!」
「終わったら枝肉検査台まで来て。先に行ってるから。」
そこまで言うと、木村は足早に内蔵検査台を降りて去っていった。

えっと、何がなんだか…。
ともかく早く追い付かなきゃ!

まず我妻が確保してくれた廃棄する内蔵を記録してシューターに捨ててから、急いで疣状心内膜炎の豚の臓器を切り取ってそれぞれビニル袋に入れ、トレイに乗せて内蔵検査台を降りる。
枝肉検査台に行こうとすると、内蔵検査台のすぐ上流のポジションで内蔵摘出を担当していた解体作業員さんに呼び止められた。
「先生!焼却でいいですね?」
内蔵は冷蔵してもどんどん鮮度が落ちるので、何日も保留しておけない。解体当日に焼却処分することになっている。
「あ、えっと、はい!お願いします。」
そうだった。指示出ししとくんだった。

あぶね。忘れてた…。

いつのまにか我妻と津田の姿も見えなくなっている。
内蔵検査台にいるのは一平だけだ。

あわてて枝肉検査台に向かうと、メインの解体ラインから外れた退避レーンに吊り下がった1頭の豚枝肉にナイフを入れている木村の姿を見つけた。
一平が近づくと、一平には振り向きもせず、近くの作業員さんを呼び止めた。
「これ、保留お願いします。」
はい、と言い、その枝肉に「検査保留」と書かれた札を掛けた後、作業員さんはその枝肉を保留冷蔵庫に送り込んだ。保留冷蔵庫にはその豚の皮と頭を入れたプラスチック容器が既に置かれてあった。

木村は一平に向き直る。
「はい、これ。」
一平の持つトレイに、ビニル袋に入った腎臓と筋肉をのせた。
「じゃ、次、検査室ね。」

言われるままにと畜場を出て検査所の細菌検査室に向かう。
細菌検査室では松田がサンプルが届くのを待っていた。
松田は木村よりさらに数年先輩の男性職員だ。
温和そうな物腰で、万事物静かな人だ。悪く言えば、影が薄い。
「松田さん、これ、お願いします。」
「はい、やっときます。後で鏡検お願いします。」
「午後イチでいいですか?」
「ええ。」
じゃ、お願いします、と、木村は細菌検査室を出ていった。
松田はトレイを検査台に置き、培地や培養液を入れた試験管を並べ始めた。
一平がおずおずと尋ねる。
「松田さんはお昼しないんですか?」
「さっき連絡もらってて、私はもう済ませたんだ。田中さんもお昼した方がいいよ。午後の現場もあるんでしょ?」
「石川課長が田中さんに検査室見てもらうって前から言ってたから、検査みるチャンスはこれからも一杯あるから、ね。」
「えーと、じゃあ、まず飯だけ食ってきます。」
また寄らせて下さい、と言い、事務室に取って返して頼んでおいた弁当をかっ込むと、再び細菌検査室へと向かった。

検査室では松田が一人、顕微鏡を覗いている。
「お疲れさまです。」
「なんだもう食ったの?早いねえ。」
「何見てるんですか?」
「イボのスタンプ標本さ。間もなく木村さんに見てもらうことになってる。」
「どんな感じなんですか?」
「私にはわかんないよ。私はただマニュアルどおりに標本作ったり培養したりしてるだけだから。」
「木村さんは細菌検査の専門技術担当者。私はルーチン担当、つまり定型業務担当者。そういう役割分担なんだよ。」
「すみません、まだ人事のルール、よく分かんなくて。」
「あ、ごめん。所長面談まだだったもんな。」
「つまり、木村さんは私の上司、ってことさ。」
「石川課長や木村さんが検査のやり方を考えたりマニュアル作ったり、検査の判定したり意思決定したり。」
「私は石川課長や木村さんの指示どおりに仕事する。そういう関係。」
「そうなんですか…。」
松田は一平をちら、と見て、続けた。
「私は自分で望んでこの立場を選んだんだよ。」
「仕事は何でもいいし、嫁さんも家のことは私に任せて、って言ってくれるから職場も県内どこでもいい。人を束ねて仕事の進行管理するなんて私には向いてないから、偉くもなりたくない。」
「公務員暮らしができれば、それでいいんだ。」
「私みたいなの、結構いるよ。」
松田が一平をじっと見る。

「田中さんはどうするのかな?」
松田はにこりと笑い、再び顕微鏡を覗き始めた。

どう話を続けていいか、分からない…。

ただ松田の後ろ姿を見つめていると、木村が戻ってきた。
「どうですか?」
「あ、お願いします。」
松田は立ち上がり、席を開ける。
木村は立ったまま顕微鏡を覗き込みながら松田に言う。
「豚丹毒っぽいですね。ではいつもの手順でもう1セット培養お願いします。」
「了解です。明日コロニーとれたらPCRで?」
「そうですね。」
「じゃあ準備しときます。」
「いつもありがとうございます。よろしくお願いします。」
木村は今度は一平に向き直った。
「そろそろ時間よ。早めに検査員控室行っとけって、我妻係長が言ってたよ。」
「あ、そうでした!行ってきます!」

慌ててと畜場の検査員控室に駆け込むと、我妻、津田が現場に入ろうとしていたところだった。
「こら、早く来い、って言っただろうが!」
「すみません!今、行きます!」
「いろいろ言っとくことあったのに、しょうがねえな。まあいい、後で話す。いいからさっさと降りてこい!」
「すいません!」
装備品を引っ掴み、我妻達の後を追いかけた。

その日の夕方。
一平は検査員控室で、我妻から検査保留の豚が出た時の検査員の連携について、レクチャーを受けていた。
一緒に現場から帰ってきた津田は流しでナイフを研いでいる。
「いいか、わかったな。今度出た時お前が現場立ってたら、お前にもやってもらうから忘れんなよ。」
我妻がギラリと睨む。

ああ、もう、睨まなくてもいいのに…。

「わかりました。」
「よし、今日はこれまで。俺は引き揚げる。」
「はい、お疲れさまでした。」

「ふー。やれやれ…。」
我妻が控室のドアをパタンと閉めるのを待ってから、一平は大きなため息をついた。
「こってり絞られたね。」
津田がナイフの切れ味を確認しながら声を掛ける。
「いやあ、参ったっすよ。」
「どう?検査室行ってきたんでしょ?」
「はい…。松田さんとちょっと話してまして。」
松田から言われた話を津田に伝える。

「そっか。その手の話、あの人あんまり自分からは言わない方なんだけどな…。」
「けど、一平君に聞いてもらいたかったのかもしれないね。」
「たまたまおんじなじ職場にいるだけで、大事にしてるものはみんなそれぞれ違うから。」
「…。」

とりとめもなく思いを巡らせている一平の表情を見て、津田が言った。
「ねえ、今夜空いてる?いいもの見せたいんだ。」
「え、いいっすけど…。」
「じゃあ夕方、アパートに迎えに行くよ。」
「さ、そろそろ僕らも引き揚げよう。」
「はい。」

アパートで津田の車に乗り込む。車は市街地を走っている。
小さな路地に入ったところで車が止まった。
「ここだよ。」
指差す方をみると、3階建ての雑居ビルだった。
「じゃあ、車置いてくるね。」
少しの間、ビルの前で立っていると、津田が戻ってきた。
「んじゃあ、入ろっか。」
目の前の黒いドアを開ける。木製の黒いドアに斜めに大きく「70’s」と書いてある。
セブンティズ、か…。
ドアを開けてまたすぐ厚いドア。そこを開けると薄暗いホールに4人掛けテーブル席が数卓。もうお客さんで8割方埋まっている。右の壁際に7~8人座れるバーカウンター。左の一番奥にドラムセットやキーボード、アンプが置いてある狭いステージがあった。
どうやらライブハウスらしい。

「こんちわ。」
津田がこの店の主らしいマスターに挨拶する。
オールバックに口髭。いかにもライブハウスのオーナーって感じだ。
「やあ、いらっしゃい。もう始まるよ。」
マスターがカウンター越しに手を振る。
「僕は車なんでライムソーダ。一平君は?」
「あ、じゃ、同じでお願いします。」
「いらっしゃい。初めてだよね?」
「はい。」
「まあ観てってよ。みんな、なかなか演るよ。」

グラスを受け取り、手近な席を見つけて座る。
間もなくステージに30台位のストレートヘアでオレンジ色のTシャツとジーンズ姿の女性が現れ、キーボードの前に座った。
「ユッコ!」
常連さんらしい男の客が声援を送る。
「あんがと。」
そう答えると、静かにキーボードに目を落とした。
「いきます。」

切ない旋律のイントロが流れてくる。そして囁くように歌い始めた。
どこかで聞いたことがある。
津田がこっそり耳打ちをする。
「True Colors、 シンディ・ローパー…。」
すぐ続けて2曲目。
こちらも切ない旋律。
個性的なハスキーボイスにみんなじっと聴き入っている。
2曲目が終わると、大きな拍手と歓声が沸き上がった。
「これもシンディ。Time after timeだね。」
津田が教えてくれた。

ユッコと言う女性は客席を見つめ、ニコッと笑う。
「今日はこんだけ。またね。」
そう言うと、テーブル席のひとつにポンと座ってしまった。
とたんに、えー、なんでー、と客席のあちらこちらからブーイングが起こるが、本人は全く気にしていない。
同席している人達とイェイ、とか言いながら乾杯している。
「あの人、うまいよね。」
「あ、来た来た。」
津田に言われてステージを見ると、サングラスをかけ、着流しの開襟シャツとジーンズ姿の巨体の男がアコースティックギターを左手に持ち、現れた。
「イッシー!」
客席から声が飛ぶ。
「!!」
一平は思わず隣に座ってる津田の顔を見た。
津田はステージを指差しながら腹を抱えて笑い転げている。

ぜーったい間違いない!

い、石川課長じゃねえか!

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