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「いただきまーす!」 第12話

2020/07/11
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第12話

石川はよっこらせっとステージ上の椅子に座り、黙ってバーカウンターに手招きする。
「ヒュー!」
観客が一斉にカウンターを向いて煽るような仕草をする。
マスターが頭を掻きながらカウンターから出てくると、一斉に拍手が起こった。
客席を縫うようにしてステージに上がったマスターは、石川と握手をした後、カホンに座る。

石川とマスターが目を合わせ、1音目を繰り出す。
グルーヴの効いたブルースギター。
観客が一斉にリズムに身を委ねる。
課長、あんなぶっとい指してんのに、すんげえ上手いじゃん!
この曲。前に何かの洋楽番組で特集してたの観たな…。
エリック・クラプトンが演ってた。えーと曲名は、そう、「Before you accuse me」だ。

いやしかし、マスターが凄い。
煙草と酒で潰したようなしゃがれ声。もうクラプトンばりだ!
超絶ブルースギターテクと大人の男の声のパフォーマンスに皆、立ち上がらんばかりだ。

1曲目が終わり、すぐ2曲目。
今度はやはりクラプトンの「Tears in heaven」。
マスターが優しく語りかけるように歌う。
しっとりとしたギターの音色に重なるカホンの音が、沁みる…。

2曲目が終わるともう、割れんばかりの拍手だ!
ステージ上で石川とマスターがガッチリ握手を交わしている。

石川とマスターが揃ってステージを降りる。
観客がもっとやれよと、二人にブーイングを浴びせるが、二人はにこにこ笑いながら客席を縫うようにしてカウンターに戻っていく。

今度は40代位の4人組がステージに上がってきた。
観客からポール!エース!とか歓声が上がってる。
4人は置かれてあるギター、ベース、ドラムスティックを各々手にとって配置に付き、ドラムスのスティックカウントでいきなり爆音でハードロックサウンドをかき鳴らした!

おおっと、こいつはKISSの「Love gun」だあ!
たて続けにやはりKISSの「Detroit rock city」!
さっきからもう、70年代から80年代洋楽ムキ出しのライブハウスだ。

あ、そっか。店の名前が「70’s」だもんね…。

3曲目は「Hard luck woman」。
ハードロックから離れ、ポップな曲に観客の温度も落ち着きを取り戻し、皆、リラックスした様子で聞き入っている。

3曲目が終わると一斉に歓声が上がる。
4人組は、じゃあまたね、と言って自分達の席に戻った。
仲間同士で次々とハイタッチを交わしてから観客に向き直り、ジョッキを振り上げた。
「ではみなさん、かんぱーい!」
観客も応じ、一斉にかんぱーい!とグラスやジョッキを高々と振り上げる。
津田と一平も一緒にグラスを掲げ、かんぱーい!と言いながらグラスをカチリと合わせた。

客席ではそれぞれ談笑が始まっている。あちこちからお酒の注文の声が飛び、バーテンさんも大忙しだ。
カウンターでは、石川が二人組の客、マスターと談笑している。津田と一平には気付いていないようだ。

「まあ、客席は暗いしね。楽しそうだから、気付いてないならそのままにしとこっか。」
津田が一平に小声で囁く。
と、いきなり石川の怒号が響いた。
「こらあ!お前ら、こっち来んか!」
「あちゃー、やっぱり見つかってましたか…。」
津田がペロッと下を出し、じゃ、行こか、と一平を促した。
津田に続いて一平が席を立った時、ほぼ同時に出口付近のテーブルの席に座っていた人物が立ち上がった。

スエットのフードをすっぽり被っていたので顔がよく見えなかったが、振り向き様にその横顔に少しばかり非常口の明かりが当たった。

あれ…。?
木村、さん…。?

「こらあ田中!さっさと来んか!」

まさか、ね…。
店を出ていくスエットの後ろ姿を気にしながら、一平は石川と津田の待つカウンターへと向かった。

カウンターでは津田も加わり、4人で楽しそうに話している。
カウンターの一番端に座り、皆にあいさつする。
「こんばんわ。」
「おう、よく来たな。どうだ、俺様の腕前は。」
「いやあ、全然知らなかったんで、ビックリしました。」
「おい津田、お前な、黙って連れて来んなってんだよ。」
「いいじゃないですか。上手いんだもん。」
「そうか、上手いか!はっはー!じゃあ許してやる!」
石川はがははっと笑い、ビールをあおる。
「あ、一平君、初めてだよね、こちら大戸先生と先生の奥さん。」
石川の隣に座っていた二人を紹介された。
二人とも石川と同年代ぐらい。大戸先生はすらっとして目元涼やか。ピンストライプのシャツをざっくり着こなしている。奥さんはウェーブのかかったセミロングでワンピース姿。笑い顔がチャーミングだ。いかにもライブハウスにデートに来たイケメンと美女のカップル、って感じだ。
「初めまして。田中と言います。」
「大戸です。こっちは嫁さんの礼子さん。」
「礼子さん、だもんなあ。相変わらず尻に敷かれてやがる。」
石川が横から口を挟んできた。
「うるせえな。お前こそさっさと嫁もらえ!」
「やかましい、余計なお世話だ。」
「あ、そうそう大戸、田中さ、今、幸福荘に住んでんだぜ。」
「え、じゃ、いよいよお前の後輩じゃん!田中君、神代ばあちゃん、元気してる?」
「え?あ、はい。とっても元気です。この前、孟宗汁いただいちゃいました。」
いきなり石川が向き直り、ジョッキをダン!とカウンターに叩き付けた。
「えー!ばあさんの孟宗汁食ったのかあ!すんげえうまかっただろ!」
「そういうの、今度は俺にも一声かけてくれよな!」
「あ、俺もお前の部屋で食ったことあるな。あん時は加藤ちゃんと3人で大酒くらって大騒ぎしてさ、隣の部屋のおじさんから怒鳴り込まれちゃってさあ。」
大戸はゲラゲラ笑いながら石川の背中をバンバン叩いている。
「いやあ、加藤か。しばらく会ってねえなあ。」
「イッシー、お前が落とすの待ってたのに嫁にいかれちまってよ、意気地ねえんだから。全く。」
「うるせえな!加藤はダチだろうが!俺は女としてあいつ見てたことなんかねえよ!」
礼子さんが呆れ顔ですっと一平に近づき、ウインクしながら言った。
「あのね田中君。君はこういう大人になっちゃあダメよ。」
うわ、!大人の女の人の色気、全開だあ!
一平は真っ赤になりながらかろうじで応じる。
「あ、いや…。はい。そうですね。」
「なんだと、こら!」
石川が一平を睨み付けた。
「あ、ちょっと待って。」
礼子がスマホを取り出し、電話を受けた。
大戸を見ながら電話の先の相手の話を聞いている。
大戸も礼子の表情を窺っている。
「はい、じゃ、連れてきてください。」
礼子が電話を切り、大戸と目を合わせた。

大戸が礼子に目で合図し、石川の肩をポンと叩く。
「わりい、ヤボ用。俺ら行くわ。」
「ああ、ありがとな。」
「おう。じゃ、津田君、田中君、またね。」
マスター、勘定お願いします、と言い、二人が去っていった。

「あの人達、カッコいいっすよね。」
後ろ姿を見送りながら一平が言う。
「カッコいいよな。あいつら。」
そう言いながら、石川が巨体を丸めてビールをちびりと飲む。
「一平君、大戸先生は前、県にいたんだよ。辞めて今は二人で動物病院やってる。」
津田が空のグラスをクルクル回しながら言う。

あ、そうか。前に優子ちゃんのバイト先ですれ違ったんだっけ…。
たしか隣町で開業してるとか…。神代ばあちゃんのデブ猫、清十郎のかかりつけ獣医さんだったはず…。

「課長も一緒に仕事してたんですよね?」
津田が石川に言う。
「ああ。あいつとは腐れ縁さ。なんやかんやで今でもつるんで遊んでる。」
「大戸、か…。」
「今の検査所だったら、あいつもまだ居れたかもしんないけどな。」
「まあしかし、あいつがいたら、俺は検査課の看板なんて背負わしてもらえなかったがな…。」
石川はジョッキに残ったビールを一気に飲み干す。
「ま、昔話、さ…。」
マスターお代わり!と言い、石川は一平達に背を向け、今度はマスターと話し込み始めた。

へえ…。
そんなことあったんだ…。

一平は津田と二人、マスターと楽しそうに話す石川の横顔を眺めていた。

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