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「いただきまーす!」 第13話

2020/07/19
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第13話

翌日の午前中。
一平は木村と二人、細菌検査室にいた。

昨日、70’sに来ましたよね、と言う言葉が喉まで出かかっているが、どうにかこうにか飲み込んでいる。
なんか聞いちゃいけないような気がしてしょうがないのだ。

昨日石川が突然思い付き、一平に言った。
「検査課の仕事、木村に説明させっから、明日朝検査室に来い。ガンちゃんと木村には俺から話しとく。」
ガンちゃん、とは我妻係長のことだ。
なんでガンちゃんなのかはわからない。
なぜか職場のみんなに通じるあだ名なんだけど、我妻係長をつかまえて直接「ガンちゃん」と呼ぶのは石川課長だけだ。

木村は何か予定があったのに急に言われたみたいで、ひどく不機嫌だ。
一平に向き合い、ボールペンをカチカチいわせながら話し始める。
「じゃあ簡単に話すから。」

「検査所の中でやってる検査って、大きく3つあるのね。ひとつは現場検査でなんかの病気が疑われた牛や豚が出た時に診断をつけるためにする検査。」
「細菌を培養して菌種を特定したり、病理標本作って組織診断したり。採血して血中の代謝物を測定したりするのがそれね。」
「これは枝肉を留め置いて検査するから、あんまり時間をかけられない。」
「ふたつめはと畜場や解体手順の衛生状態を調べる検査。定期的に枝肉やと畜場のいろんな場所とか、解体作業員さんの使ってる器具や機械を拭き取って、菌数を調べるの。悪かったら指導して改善してもらう。」
「3つめは枝肉の残留抗菌性物質検査。これは抜き打ちで筋肉や内蔵取ってきて抽出・精製して、特定の薬剤が残留しているかどうかを精密な微量分析装置で測定して調べるのね。けど検査そのものは、今は県全体の分まとめて衛生研究所理化学部でやってる。」
「分析機器が高額で更新が大変なのと、微量物質の抽出・精製や検査機器の操作、メンテナンス方法に相当熟練しないといけないので、とても検査所がと畜検査の片手間でやれるレベルの仕事じゃなくなったから、らしいわ。」
「なのでこの検査に関しては、検査所は検体を取って送るだけよ。」
ここが細菌室、こっちが病理検査室、こっちは今はもうほとんど使い道のない理化学検査室。で、こっちが…。と、木村は一平を引っ張り回して所内の各検査室を軽く案内した。

「とまあ、こんな感じ。いいかな?」
「はい、説明終わり!今度は私にちょっと手貸してくれる?」
「へ?あ、はい。いいっすけど…。」
「ここにレシピあるから、この試液作ってくんない?器具と試薬は松田さんがそこに出してくれてるから。」
木村がファイルのページを開き、指差す。
「わかんないとこあったら聞いて。PCR室いるから。」
「えーと、はい。了解です。」

レシピを睨み付けながら、試液を作り始める。

やがて松田が現場検査から戻ってきた。
松田はにこにこしながら一平の傍らに近づく。
「こんちは。早速木村さんに捕まってますね。」
「ええ。まあ、お返しといいますか、お礼といいますか…。」
「のんびりしてると、もっと頼まれちゃいますよ。」
「ええ。気を付けます。」
松田と一平はにやりと笑い合う。

と、奥のPCR室から木村の声がする。
「あれ、松田さん、来ましたあ?」
ほれ来た、と一平に目配せをしながら松田が木村に応じる。
「そこの実験台の上、見てみて!上手くいったみたい!」

松田はPCR室の前室の実験台に置いてある、小さなプラスチック容器をそっと手に取った。
容器に収納してある爪の先ぐらいの大きさのポリエチレンチューブを一本ずつそっと取り出しては、蛍光灯の光に透かしてチューブを観察している。
「そうみたいですね。よかったですね。」
PCR室での作業を終えた木村が上気した表情で出てきた。
「ついにやったわ!松田さんのおかげです。どうもありがとうございました。」
「いやあ、私はお手伝いしただけでして…。」
「さあ、こっからは忙しくなるわ!」
そこまで言ってからようやく一平が居たことに気付き、木村がちょっと見て、と一平に手招きした。

「これ見て。中が白く濁っているの、分かる?」
木村の上気した顔がぐっと近づいて来て、思わずどきどきしてしまう。
かろうじて平気な顔を装いながら、指差されたチューブを慎重につまみ上げ、光に透かしてみる。
「こうして見るともっと分かりやすいわ。」
木村は2本を取り出し、実験台表面の黒塗りをバックにして並べてみせる。
なるほど、1本は中の液体が透明なのに、もう1本のチューブの中は白く濁っている。

「LAMP法って、知ってる?」
「ランプ法、ですか?」
「そう。PCRみたいに特定の遺伝子配列を増幅して検出する技術。」
「それ使って豚丹毒の遺伝子を検出したの。いろんな条件試して、これは予備試験の最終段階。」
「LAMPって、PCRに比べてとても大きなメリットがあるの。」
「PCRって、反応温度を上げたり下げたりを何十サイクルもやんなきゃいけないのに、LAMPは一定温度で1回ないし2回反応させるだけで検出できちゃう。」
「だから結果が出るまでの時間は3分の1。早いでしょ!」
「1つから2つの反応温度で一定時間加温するだけでいいから、1定温度で加温するだけの装置、つまりヒートブロックが1ないし2台あればいい。PCRみたいに反応温度を分単位で上げたり下げたり何十サイクルもさせる特殊な機器も要らない。」
「チューブの白濁や発光試薬を添加して光らせることでも判定できるから、それでよしとするなら、結果を出すためにわざわざ特別な装置を買わなくてもいいの。」
「検査中は枝肉や頭、皮を冷蔵庫で留め置いてるじゃない?その間の冷蔵庫使用料を食肉業者さんが負担している訳だけど、早く判定が出れば留め置きする時間ももっと短くなって、負担する冷蔵庫使用料も安くなる。そして何より鮮度が落ちないうちに出荷できるから、食肉業者さんは大喜び。」
「検査所だって高い機器をわざわざ買わなくてもいい。検査所って、どこも慢性貧乏所帯だから、検査所だってこれまた大喜びね!」

「まさに良いことづくめなの、LAMPって。」
「ただ、乗り越えなくちゃいけない課題もいっぱいある。だから全国の検査所にLAMPをアピールして同志を募って、みんなでテストしながら検査精度と検出感度をどんどん良くしていきたい。最終的には全国の検査所標準の検査法として共有していけたらいいな、って思ってる。」

「と畜場でよく出る細菌性やウイルス関与の疾病は、みんなLAMPでやればいいのよ。」

「これが私の今のテーマ。これ引っ提げて専門技術担当者になるって、手を挙げたんだ。」
「どう思う?」
「すごくいいと思います!よく見つけましたね。」
「いや、アイディアは私じゃないの。」
「え?」
「私が大学6年の時、石川課長がとある研修会でLAMPを解説しながら熱弁ふるってたの。」
「こういうのはオッサンになっちまった俺なんかがやる仕事じゃない。どうだ若いの、誰かやってやろうじゃねえの、って奴はいないのか、って。」
「就職どうしようかなと考えていた時だったから、課長の話聞いて思った。私、検査所入って、これやろ!って。」
「それにね、その年の里崎の職場体験にたまたま参加してたんだけど、その時、今の衛生課長、鬼の桐生が私達に向かって、お前らが結果出すなら俺は必ずお前らを守る、って大見得を切りやがったの。」
「何言ってんだろうこの人、って思ったけど、他の里崎の人達、みんな真顔でこっち見てるじゃない。」
「居合わせた学生はみんな、バッカじゃねえの、ていう反応がほどんどだったけど、私はまあ、一回騙されてみるかって。それで県も里崎で決まり。」
「翌年、桐生さんが全国の獣医大学でおんなじ大見得切って歩いてたって聞いて。よくやるわって、思わずぶっ飛んだけどね。」
「なんかまんまと乗せられたような気もするけど、毒を食らわば皿までよ。このネタで学会発表や学術雑誌に投稿して、日本中に私の名前売ってやろうと思ってる。」
「里崎に入ってみたら話全然違ってた、なんてことは考えなかったんですか?」
木村はふふんと鼻を鳴らす。
「まずLAMPのことは、十分下調べしたわ。」
「入ってから鬼の桐生や石川課長が私が思っていた人物と違ってたら、自分の人を見る目がなかった、って割り切って、さっさと辞めてどっか別の自治体か、民間会社にでも入り直してたでしょうね。別に里崎自体にこだわりはないから。」

木村はそこまで一気に話すと、再びいとおしそうな目でチューブを見つめている。

そうなんだ…。
しかしなんという決断力。そして行動力。
しかも結果まで出し始めちゃってる。
これはほんとにモノにするかも…。

木村の凛とした横顔に見とれていると、実験台横のインターホンが鳴った。
木村が受話器を取る。
「…。はい、準備しときます。」
「松田さん、関節炎来ます。スタンバイよろしくです。」
「ええ。了解です。」
松田は一平とすれ違い様にクスリと笑いながら、鬼姫様、エンジン全開ですね、と耳元で囁き、試薬の入った冷蔵ショーケースへと向かった。

オニヒメ様、かぁ…。
なるほど、ねえ…。

一平は木村に悟られないように小さく笑い、じゃ、僕は現場交代の時間なんで、と松田に言い、細菌検査室を出た。

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