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「いただきまーす!」 第16話

2020/08/16
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第16話

「一平君、ちょっといい?」
「はい。」
山田が席を立つ。
一平も山田に続いて事務室を出た。
山田は、ここね、と小会議室に入った。
「あのさ、津田君の結婚式のことなんだけど。」
「?」
「式は身内だけでやるんだって。そんでお祝いの会をみんなでやらしてもらえないか、ってことになって、津田君達に提案したの。そしたら今日お二人ともいいよ、って言ってくれてね。」
「いいっすね!」
「んでさ、ちょいと手伝ってくんない?」
「もちろん、何でも!」
「会場は70’S、食事はロビンのケータリングになった。バンド手配は俺に任せろ、って言うから石川課長に一任。」
「現場の仕切りはあたしがやるから、一平君にサポート頼みたいの。」
「何なりと。是非やらせて下さい。」
山田は、おう、よろしく、と一平の肩をポンと叩く。
「まずは今日、帰りがけにロビンのマスターからメニューもらってきて欲しいんだ。マスターにはお願いしてあるから。」
「了解です。」
「あ、あそこのバイトさん、一平君のアパートの大屋さんのお孫さんだったわね。」
「そうです。優子ちゃん。」
「あの子なかなか動きがいいから、当日手伝ってもらえると助かるなあ。ロビンのマスターには頼んでみてるんだけど、本人にはまだなの。バイト代出すからって声かけてきてもらえる?」
「いいっすよ。結婚式のお披露目だよって聞いたら、きっと喜ぶと思います。」
「そいつは助かる。よろしく!」

「あー、結婚式かあ…。そんな時もあったわねえ。」
「主任、結構早くに結婚したって、この前聞きましたね。」
「そうよ。私は旦那と知り合って速攻結婚、すぐ妊娠、出産、で今。なんかもう少しいろんな時間を味わいながら日々を過ごしてもよかったかなあ、って今になると思うわ。」
「結婚決めたのも早かったんですか?」
「そうね。気がついたら籍入れてた。二人とも特別深く考え込むこともなく、ごく自然にそうなってた。」
「って、なに言わせてんのよ!じゃあ頼んだわよ。」
山田が一平の背中をべしっと叩いた。

おいおい、自分でしゃべってたのになあ…。

「あ、そうそう、上期の所長面接、明日だってね。大事な話だからちゃんと聞いとくのよ。」
「里崎システムの説明するから、って言われてます。」
「そう。最初はまずシステムを分かってないと。所長だって一平君だって、この先の方針が立てられないからね。」
「…。システムのこと、いろんな人からちらほら聞いてます。けど俺、全然知らなくて入って来ちゃって。なんか漠然と不安なんすよね。」
一平はうつ向く。

「まあ、所長の説明よく聞いて、自分で判断することね。」
「…。ちなみにちょっと聞いてもいいですか?」
「ん?」
「主任はどうしたんですか?」
「あたしは地域コミニュケーション担当。郷浜から出る気ないからね。」
「旦那は地元の中小企業なんで転勤ないし。旦那はここが地元だけど、もう私もここが地元って感じ。3人でずっとここで暮らせたらいいなって思ってる。」
「専門技術担当者はその道のプロを目指す人がやる仕事でしょ?私の場合、この仕事やりたい、って言うよりここで暮らしたい、が一番上なのよ。」
「それに各職場でその道の専門家がいなくならないよう、別エリアの保健所や検査所に行かされることがある前提だから、私は、なし、ね。」
「定形業務担当者も別エリア転勤が前提。だから、なし。県庁行ってバリバリ仕事する総合調整担当なんてのは、想定外。」
山田はけらけら笑いながら、続ける。

「居たい場所から動きたくありません、ずっと責任のないやっつけ仕事しかやりたくありません、と、みんなが言っちゃうと、組織が崩壊しちゃう。なのでシステムって、そうはいかない仕掛けにしてある。」
「責任軽い仕事しかしたくないなら、人も金も預けない。当然給料は誰よりも安いし、どこに飛ばれようがなんの仕事やらされようが文句言うな。」
「やりたい仕事あるなら手を挙げろ。結果を出し続ける限り、居場所を確保し、人と金を預ける。」
「ずっとそこに居たいなら、その地域の人柱として各職場の重たいもの背負ってきっちり頑張んなさい。」
「これがシステムの考え方。」
「いわば個人と組織の取引、ね。」
「この取引。私としては受け入れられるわ。」
「本人が大事にしたいもの。組織に欠かせないもの。このふたつをバランスとって維持していく。この辺が桐生さんの仕掛けの上手い所よね。」
「あんな鉄面皮、私は人としては好きじゃない。けど、ああいう人、どっかにいないといけないのかもね。多分。」

「各職場の重たいものって、例えばなんですか?」
「と畜場は地元の食習慣と商習慣とに密接に絡み合ってる施設。そして設置から何度も改修を重ねて今の姿になってる。解体手順なんかもそう。だから全国探したって、ひとつとして同じ施設がないの。全国にひとつしかない目の前の施設に、どうやって国や県の指示を反映させていくか。今的なテーマで言えば、HACCPをどう導入し、維持していくか。これを何年もかけて視点や立ち位置をぶらさずに継続的に積み上げていく。」
「こういうのを継続案件、って言うの。」
「ここのと畜場のこれまでのいきさつや変更経緯が頭に入ってない人には、まあ無理ね。」
「なんにも知らない奴にぽいっと担当させた日には、こんな奴に担当させやがって、って、検査所まるごと解体作業員さん達からそっぽ向かれるわ。」

「そして継続案件だけでなく、日々発生した様々な事案も、対処した記録を積み上げて引き継いでいく。当時の担当が一生懸命対応してなんとか収まったのに、担当が代わるたんびになんにも知らないド素人だらけになっちゃったり、言うことがコロコロ変わっちまった、なんてのは、役所への不信感の元凶だからね。」

「保健所なんか、係ごとに継続案件だらけよ。」
「動物関係ならしょっちゅう近隣とトラブル起こしてる大型犬、多頭飼育で崩壊寸前だったり、もう崩壊しちゃった家。食品ならHACCP承認受けてる食品製造施設への国の担当者との対応、施設構造にアキレス腱抱えた大量調理施設や大規模なホテルや旅館、旅館などなど。もう盛りだくさん。」

「地域コミュニケーション担当の役目は2つ。」
「ひとつは難問を抱えた地元の営業者やトラブルを抱えた住民とのつながりを保つこと。」
「ふたつめは、こういった検査所や保健所の継続案件に自ら対応して、自分が異動してもその視点や立ち位置の考え方が途切れないように、きちんと記録を残して後任者に引き継いでいくこと。」
「これを複数人の地域コミュニケーション担当者でチームを組んで、検査所と保健所を行ったり来たりして維持していくの。だから私もそのうちまた保健所行くんだよ。」
「津田君もその一人だし、ね。」

「そうなんですか…。結構大仕事ですね。」
「まったくもって大仕事だわ。」
「けど、それをやり続けさえすれば、私はずっとここで暮らせる。」

「それでいいの。」

山田が切れ長の目で一平を見つめる。
一平は微かな笑顔でそれに応じた。

からりと表情を変え、山田が言う。
「あとさ、うちのボーズ、だんだん親の仕事に興味持ち始めて、最近、家でも仕事の話になるんだ。」
「そんとき言ってもらっちゃった。」
「かあちゃん、結構仕事してんだね、って。」
うふ、と笑い、山田が続ける。
「かあちゃん、だって。ちょっと前まで、ママって言ってた奴がだよ、ねえ。」
「いい感じっすね。」

「一平君も頑張んなさいよ。そのうちいい子見つかるからさ。」
「先輩、ありがとうございます、って、とりあえず言っときます。」
山田は、とりあえずは余計でしょ、ほら行くよ、と言い、一平と共に小会議室を出た。

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