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「いただきまーす!」 第17話

2020/08/16
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第17話

一平は現場用更衣室で急いで着替えた後、階段をかけあがり、事務室に飛び込んだ。

息を整え、開いたままの所長室のドアをノックする。
「失礼します。遅くなりました。」
所長室の奥の机に座っている水戸所長が笑顔で応じ、立ち上がって応接セットのソファーに座るよう促す。
「どうぞ。入んなさい。」
「すみません。」
「あれ、君、顔になんか着いてるよ。」
「え!」
「いいから洗ってきなさいよ。」
「すみません!行ってきます!」
再びバタバタと所長室を出て現場用更衣室の洗面台に駆け込んだ。
鏡を見ると、なるほど、左の頬に茶色いゴミみたいなのがついてる。
「やっべ!」
ざぶざぶと洗い落として再度石鹸でよく顔と手を洗い、鏡を見る。
鏡の自分を見つめ、白衣や手の臭いをちょっと嗅いでみる。
「よし!」

またまた階段を駈け上がり事務室に飛び込むと、所長室の前で大きく深呼吸し、再びドアをノックした。
水戸所長が自分の薄い頭を撫でながら笑顔でソファーを促す。
「もういいから入んなさいって。」
「すみませんでした。最後のトラックが入るの遅れて。匂いますか?」
「いや、大丈夫だよ。今日は生体検査だったんでしょ?どう?」
「いやあ、初めてでオロオロしてばかりでした。津田さんがいないと何にも判断できなくて。」
「大丈夫。すぐ覚えるさ。じゃ、始めるよ。そこ閉めてくれるかな?」
水戸所長は開いたドアを指差す。

「毎日お疲れさま。よくやってもらってるって、みんなから聞いてるよ。」
「いえ、毎日必死についてってるだけでして…。」
「どうだい?仕事とか職場とかプライベートで、何か困ってる事あるかね。」
「今のところは大丈夫です…。」
「そうかい。なにかあったら私や山本次長に相談してくれな。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ里崎県の公衆衛生獣医師の人事がどんな風に進められているのか。これを説明するね。」
「君がこれからどうやって里崎県で暮らし、仕事していくかに関わる大事な話だ。しっかり聞いてて欲しいんだ。」
「分からない部分はその都度聞いてくれていいからね。」
「はい。」

「まず県全体の役職がどんな風になってて、どう上がっていくか、だよ。」

「最初は一般職員から始まって、主任、主査、課長補佐と上がっていく。」
「大きな賞罰がなければ原則、一定の勤務年数になれば次の身分に上がる。よく聞く、年功序列、ってやつだ。」
「そこに、所属長の特別な推薦書がないと上がれない役職がある。係長、課長、所長、部長とか、いわゆる長の付く役職だね。」
「この推薦書に加え、今は人事評価制度ってのがある。この制度に基づいて半年に一度、皆さんと面談して、仕事に向かう姿勢と、担当する仕事の目標設定と進み具合を、県で決めた評価シートを使って評価して県庁主管課に上げてやる。」
「各所属から上がってきたそいつらをもとにして、主管課、うちで言うと県庁の生活衛生課が、関係課と人事課とで協議。そして最終決定版が人事異動内示として毎年の年度末に発表される。」
「こんな流れだね。」
「ここまではいいかい?」
「はい。」

「さて、評価シートと推薦書。これらには県下全職種共通の評価基準や書き方のルールはあるけど、じゃあ実際に、私達公衆衛生獣医師の職場では組織を健全に維持していくためにどんな人材が欠かせないのか。自分達の職場にいる職員のみんなを、具体的にどんな視点で評価すべきなのか。」
「そしてそういう大切な人材がずっといてくれるようにするためにはどうしなくちゃいけないのか。」
「当たり前だけど、そんなそれぞれの職域ごとの人事の心臓の部分なんて、県庁の人事課が用意してくれるもんじゃない。その職域にいる人間同士で考え抜いて、大切に維持しておかなければならないものなんだ。」
「ついこの前まで、私達は、そういう大切なものが自分達の中からすっぽり抜けていることに気がつかなかったんだよ。」

「大切なものを見失っていた私達は、シートや推薦書を出す方も評価や協議する方も、思い付くままどうでもいいような差し障りのない内容にしといて、お茶を濁していたんだ。」
「長のつく役職への推薦書なんか、見た目だけは立派な文言散りばめといて、実質、完全年功序列でやっちゃった。」
「そしたらだんだんまずいことが起きてきた。」
「経験や実績、資質を全く考えず、完全年功序列で人を配置したもんだから、あらゆる職場になんの経験もなく資質・能力もない中間管理職や所属長がたくさんできちゃったんだ。」
「そしてたくさんの職場がどんどん壊れていった…。」

「これじゃいかん、という話が、うちの県の公衆衛生分野の獣医師、特に中堅・若手から出てきた。そして里崎県の公衆衛生分野の各所属で働いている獣医師全員で構成する『里崎県公衆衛生獣医師の会』の総会で、うちの県の公衆衛生職場の人事運営に関する文書が、賛成多数で採決された。」
「それがこれ。さっきの会の会長名で出された『里崎県公衆衛生獣医師職場の運営方針』だよ。」
水戸所長は、A4コピー用紙を1枚、一平の前に置いた。

「ちまたで言うところの『里崎システム』ってやつさ。」
「今はうちの県の全ての公衆衛生獣医師職場の人事が、この考え方で運用されてる。」

「話が長くなるからちょっと一服しよう。10分休憩ね。ここでお茶でも飲みながら目を通しててもらえるかい?」
「私もちょっと外の空気吸ってくるよ。」
水戸所長は立ち上がり、所長室のドアを開けて事務室へと出ていった。

一平は置かれたコピー用紙をゆっくり手に取り、目を落とした。
「これが、システム…。」

< 「里崎県公衆衛生獣医師職場の運営方針」 >

1 基本的考え方
年功序列人事を完全廃止。担当業務の質に着目した区分を設定して人事管理し、組織目標への貢献度に応じて昇給・昇格を行う。

2 区分
(1)定型業務担当者
人事評価基準:定型業務消化
昇格・昇給ペース:最低。
本人希望のほか、業務に取り組む姿勢が消極的な者と上司が判断する者をあてる。マニュアルに沿った仕事のみ担当させ、本人希望に依らず1~2年で全県下の食検と保健所へ転勤。「長」の付く役職への昇格は不可。

(2)専門技術担当者
人事評価基準:専門技術を要する業務の管理と技術向上、当該業務担当の後継者発掘・育成。
昇格・昇給ペース:中。
専門技術に長じた者の中から本人希望を確認の上選任。各公所での専門技術の継承が途切れないよう、県内の別エリアの公所での当該専門技術を担当することがあることも予め了承していることが前提。

(3)地域コミュニケーション担当者
人事評価基準:地域事情に精通し地域の関係者との良好な関係を構築・維持、各種政策の啓発普及と当該業務担当の後継者発掘・育成。
昇格・昇給ペース:中。
コミュニケーション能力に長じた者の中から本人希望を確認した上で選任。転勤範囲は同じエリアの食検と保健所。

(4)総合調整担当者
人事評価基準:各公所及び県庁主管課での政策立案と所属する公所の各担当者の統括・調整、当該業務担当の後継者発掘・育成。
昇格・昇給ペース:最高。
プレゼンテーション能力や政策立案能力、組織マネジメント能力に長じる者の中から本人希望を確認した上で選任。県内の食検、保健所業務を経験させた上で順次県庁を経験させる。

3 運用
(1)適用対象
当該自治体の公衆衛生分野に所属する獣医師職員全員を対象とする。再任用職員、子育て世代職員も他の職員と同等に取り扱う。
(2)新規採用者
新任者は定型業務担当者としてスタート。機械的に1年ずつ食検、保健所を経験させ、3年目は適性と本人希望を上司が確認し、配置する。
(3)3年目以上職員
3年目は基本的に、本人の希望する職域および担当に配置する。組織目標に合わせた個人目標を自ら設定させ、設定した個人目標の組織への寄与度と達成度を上司が評価する。組織寄与度及び達成度が低いと判断された者は次年度の配置に当たり本人希望への配慮を下げ、上司判断を優先する。正当な理由なく自ら設定した目標を達成できなかった者は、次年度、昇格昇給レベルの低い別の担当へ移す。
(4)昇格
組織マネジメント能力があると上司が認めた者のみ、「長」の付く役職に就かせる。
(5)自己都合による担当の変更
各担当者は家庭事情、本人都合に限り、本人が申し出れば上司、県庁と調整の上、他の担当へ代わることができる。

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