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「いただきまーす!」 第18話

2020/08/23
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第18話

水戸所長が戻ってきて所長室のドアを閉める。
「お待たせ。じゃあ続きやろうか。」
「はい。」

「これ、目を通してもらったかな?」
「はい。」
「中身は、うちの人達からもちらほら聞いてるよね?」
「そうですね。少しずつですけど…。」
「はは…。だよねえ。ただ、受け止め方や説明のニュアンスって、人によって違ったりするから、まあ、これから私が話すのが公式見解、ぐらいにして聞いておいて欲しいんだ。」
一平は黙って頷く。

「まず最初に整理したのが、うちの組織、つまり公衆衛生獣医師職場にとって必要な人材、それはどんな人材か。それが専門技術、地域コミュニケーション、総合調整の3つだ。これらはそれぞれ責任の重たい仕事だ。だから背負ってくれる人の待遇はよくするし、スタッフや予算も預ける。特に総合調整はタフな仕事だから昇格・昇給で一番優遇してる。」
「そして責任を背負ってくれる人物をサポートしてくれる人も必要。それが定型業務担当だね。」
「各職場にこの4つの担当がいれば、組織が回る。」

「次に整理したのが、結果責任の所在。」
「組織としての責任は当然、所属長がとるんだけど、どの担当になってどんな仕事をするのか。この提案を各職員が自ら行って、それを所属長と相談して決めてもらう。そしてその結果については、各職員もきちんと責任をとってもらうことにした。特段の事情もなく結果が出せないなら、上司判断でより待遇の悪い担当に配置替えすることにもなる。」

「最後に整理したのが、個々のライフステージに寄り添う、という点だ。」
「ライフステージ、ですか?」
「そう。」
「どんなに仕事と職場に前向きな人物でも、長い職員生活の間に本人や家族事情で仕事に集中できなくなってしまう時期がある。」
「その時に申し出てくれれば、組織で調整し、別の担当に変わってもらえることにしたんだ。」

「この組織内の調整を行うのが、長の付く役職の人間さ。」
「長の付く役職の人物に組織マネジメントができないのがいると、たちまち調整が破綻する。だからマネジメントできる人しか長の付く役職に推薦しない。」
「誰でもいいや、なんて適当に決めちゃうと、誰だあんな奴を推薦した上司は、と今度は推薦した上司に批判の矛先が回ってくるからね。」
「だから長の付く役職に推薦するのも引き受けるのも、これがなかなか大変なんだよ。私なんかほれ、もうこの通りさ。」
水戸所長は薄い頭を撫でながら苦笑いした。
思わずつられて、一平も苦笑いする。

「まあ、システムの考え方はこんな感じだね。」

「あと、田中君に関係ある部分は、新規採用者のところだ。」
「これは今年からの運用なんだけど、最初の2年は、定型業務担当として1年ずつ検査所と保健所を経験してもらうことになってる。」
「そして3年目になる時にどの職場でどの担当になりたいか、聞かせてもらうことになってるからね。それを予定しておいて欲しいんだ。」
「そうなんですね…。分かりました。」

「なにか今、聞いておきたいこととかあるかね?」
「そうですね…。」

「総合調整担当って、専門技術担当や地域コミュニケーション担当をやってきた人の中から選ばれるというか、打診される、という感じで決まるんですね?」
「それが多いね。」
「僕の感覚だと、総合調整担当やりたいです、なんて若い人は、出てこないんじゃないかと思うんですが…。」
「そう思うだろ?ところが実はそうでもないんだ。」
「え?」
「人って、自分の資質に気付いていないことがよくある。」
「資質、ですか?」
「そう。資質。」
「みんな最初は投薬したり手術するような獣医さんになりたくて獣医大学入ってるだろ?役所勤めしようと思って獣医大学に入った訳じゃない。」
「だからみんな、自分は当然、獣医の専門技術や知識で身を立てるんだ、って勝手に思い込んでる。」

「でも、実際にやってみると、自分は獣医の専門技術や知識の習得があまり得意じゃない、あるいは、あまり興味が持てない。それに保健所でいろんな営業者や住民の方とやりあうってのも、自分が輝ける場所としては、いまいちしっくりこない、なんてことに気付いてしまう人もいるんだ。」
「そして専門技術を目指せる人や保健所になじめた人に対してコンプレックスを感じ、この先どうしたらいいか、方向感を失ってしまう。」

「けどね、そんな彼らのうち、一部の人間はこんなことに気付く。」

「公務員獣医師って、県庁や所属の管理職という事務職がある。どうやらそこは県庁各課や出先機関との間に入って、企画力や政策決定力、プレゼンテーション能力、調整力を発揮していく職場のようだ。」
「検査所や保健所の職場がこうしたら良くなる、こういう政策があればもっと営業者や住民の方に支持される、なんていうことには、自分は他の獣医より早く気付くし、やる気もアイディアも涌き出てきそうだ。」

「ひょっとしたら、ここなら自分はやっていけるんじゃないか?とね。」

水戸所長はにっこり笑い、続ける。
「居場所を見つければ、迷いは消える。そういう人間は、強いものだよ。」
「若い時にそんな自分に気付いて手を挙げる人、決して多くはないけど、必ず1人か2人、出てくるね。」
「ほんと人って、面白いよねえ。」

「あとひとついいですか?」
「ん?」
「システムって、決めるとき大変じゃなかったんですか?」
「…。大変だったよ。」
「既存のやり方を維持したい人達からの強い反対があった。」
「仕事しなくても昇給と昇格が保証されてんだ。職場が腐ろうが若手から見放されようが、そっちのほうがいいに決まってる、と考える人達だ。」
「私達は彼らと戦い、そして今は私達が彼らを抑え込んでいる。」
「今は、ですか。」
「そう。今は、だ。」
「今も戦い続けているし、これはこの先、終わることはないんじゃないかな…。」

「今までのやり方とどっちがいいのか。私達は自分達の判断を間違っているとは思っていないが、本当にそれでいいのか。無責任な言い方になってしまうが、最終的に判断するのは私らの次の世代なんだろう。」
「なにもしなければ崩壊する。立ち上がらずに崩壊していくぐらいなら、次の世代に罵倒される方がましだ。」
「私達はそう考えたんだよ。」
水戸所長はそう言って立ち上がり、窓の外に目をやる。

そして一呼吸入れ、一平に向き直った。
「あ、ちょっと長くなり過ぎたね。今回はこんなもんにしとこう。」
「上期の評価シート、ファイルはメールで送ってあるから、まず自分で1回書いてみて、私に送ってくれるかね?」
「分かりました。」
「じゃ、お疲れさま。今日はこれで終わりです。」
では失礼します、と言い、一平は所長室を出た。

事務室の自分の机に戻り、どっかりと椅子に腰をおろす。

なんか頭使いすぎてくたびれた…。

その日の夕方。
一平は大岩のビデオレンタルショップ「厳選堂」に立ち寄った。

「お、いらっしゃい。」
奥のカウンターから店主の大岩が、相変わらずの笑顔で出迎えてくれた。
「こんばんは。」
「どうぞどうぞ。ゆっくり選んでってね。」
「今日はこれ、って決めてなくて。」
「なんかおすすめあります?」
「そうねえ…。どんなの、とかあれば、いくつかご紹介できますけど。」
「まずはスカッとしたいです。あとは邦画の小作でぐっと来るやつがいいかな…。」
「スカッとしたい、ってんならシンプルに面白いマーベル作品なんかどうです?アイアンマン3部作を1作目から見直す、なんてのは?」
「あ、いいっすね!」
「あとは邦画の小作ですか…。ちょいと前のですが、ハナミズキ、観ました?お薦めですよ。新垣結衣。せつなくて、いい作品です。」
「タイトルは知ってたけど、まだ観てないですね。さすが、大岩さん!」
大岩はふふん、と口髭を歪ませる。

「あとね、またこいつを…。」
レンタル袋をひとつカウンターの下から取り出した。
「あ!いいんすか?」
「そりゃもう…。アンケートもお願いしますね。」
「感謝感激!ありがとう、大岩さん!」
「えっと…。じゃ、すいません…。アイアンマン、1作目だけにしといていいですか?」
とたんに大岩が腹を抱えて笑い出す。
「そりゃそうだよねえ。じゃ、そうしとこうね。」
そう言うと大岩はカウンターを出て、店内の棚からDVDを持ってきた。
レジを打ちながらDVDをレンタル袋に入れる。
「最近、ほのかには行ってるの?」
「前にお会いした時以来、まだ行ってないですね。」
「僕はちょくちょく行ってるんで、またお会いできたら一杯やりましょうね。」
「ええ、ぜひ。」
大岩が、ではこれを、とレンタル袋を一平に差し出す。
一平はまた来ます、と言い、厳選堂を出た。

なんか大岩さんと話しただけでちょっとスッキリしたな…。
さてと。

車に乗り込むやいなや、車のルームランプを点ける。
大岩がカウンターの下から出したレンタル袋を開けてDVDを取り出し、薄暗いルームランプの明かりにかざした。
すると、ウルトラダイナマイトなお姉さんの超セクシーなカバーがドカンと目に飛び込んできた!
「サマーバケーション 山口ゆきの」
すかさずレンタル袋にしまい込む。

むふふ…。
急いで帰ろっと!

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