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「いただきまーす!」 第19話

2020/08/30
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第19話

夏の朝。

眼前に真っ青な海が広がっている。
そしてどこまでも続く砂浜。
右手のはるか彼方には大きな山が海から一気に高度を上げ、そそり立っている。
以前、津田達から連れていってもらった山だ。

波は全くない。ただただゆっくりと、足元を濡らしている。
聞こえるのは、潮騒と風の音だけ。
潮は澄み渡り、数メートル先の底まで見透せるほどだ。

右を見ても左を見ても、誰もいない。
一平、ただ一人だ。

静かに3つの針にエサを付ける。
仕掛けを垂らして絡みがないのを確かめてリールのベイルを起こし、ゆっくりと竿を振りかぶる。

風は背中から。やや強し。
剣道の面を打つイメージ。上斜め45度。力は8割。
力むな。肩の力を抜け。

心に念じ、竿を振る。

重りが仕掛けを従えてきれいな放物線を描いて青空を切り裂いていき、やがて静かな海に着水した。
リールを巻いて糸のたるみをとり、竿を水平にして竿先をあおりながらゆっくりと重りをサビキ寄せていく。

竿から伝わるズルズルという感触が、やがてゴトゴトという感触に変わる。
と、いきなり竿先にガツンというアタリが来た!

ここで我慢だ。
もう一回来るまで焦るな。

再びガツンというアタリが来る!
すかさず合わせを入れるとブルブルという感触が伝わってきた。

「よおし、かかった!」

針が外れないように一定のペースで巻き上げてくると、朝日を受けて銀色に輝く魚体が2つ、波間から見えてきた。

「よっしゃ!」

波打ち際まで引き寄せ、竿を立てる。
大ぶりなキスが2匹、ブルブルいいながらぶら下がっていた。
針外しで針を外し、肩からたすき掛けにしていた小さなクーラーボックスに獲物を放り込む。

再び針にエサを付け、さっき投入したあたりに狙いを定め、キャスト。
ゆっくりサビキ始めた。

と、背後から声がした。
「おはよ。」
振り返ると見知らぬ男が立っていた。
青いチェックの開襟シャツにチノパン、長靴。
60代ぐらいだろうか。浅黒い顔でくたびれた紺色のキャップを被り、片手に竿を持っている。

「上手ですね。釣れてますか?」
「ええ。今日はいいですね。」
「それは良かった。では。」

男はそのまま一平から50メートルぐらい離れたところまで歩いていく。背中には紺色の古びたリュックサック。
ふと足を止め、そこでスッと竿を振った。
キラリと光るものがきれいな弾道を描き、やがて着水する。
見ると一平のようにサビくのではなく、ゆっくりとリールを巻き続けている。
ルアーフィッシングのようだ。

ルアーかあ。カッコいいなあ。
あれも勉強しなきゃな…。

津田からもらって食べたアジとキスの刺身に感動した一平は、すかさず津田に頼み込み、キスの釣り方を教えてもらっていた。
アジ釣りも覚えたかったのだが、ちょっと前にピークが終わったらしく、秋シーズンまでお預けになっている。

津田はアジ、キスだけでなく、ルアーでスズキやイナダ、ヒラメ、マゴチも狙ってるらしい。
「自分で獲った魚はホント旨いよ!」
これが津田の口癖だ。

あー、俺もいろんなの釣れるようになりてー!
ぐぁんばるぞ!

そんなことを思いながら、一平は男の様子を横目で窺いつつ竿先をサビき続けた。

ふと改めて周りを見回す。
見渡す限りの砂浜に、男と一平、だた二人だけしかいない。

こーんなに広いのに、やっぱり俺らだけ、だよな…。
こんな雄大な景色を独り占め、いや、二人占めして竿振ってるなんて、去年の今頃は想像すらしていなかった…。

一平は青空を見上げて目一杯息を吸い込むと、再び竿を構えた。

午後、津田の家に行く。と言っても、野島さんの家だ。
間もなく野島さんと入籍する津田は、もうとっくに野島家で同居を決め込んでいる。
「こんちわ。」
「よう、来たね。どうだった?」
「まあまあ、っすね。」
どれどれ、と一平のクーラーボックスを覗き込む。
「何がまあまあ、だよ。こんなに釣っちゃって。」
一平がへへへ、と頭を掻く。
「大丈夫です。全部自分でやりますんで。」
「当然だよ。自分で捌いて食えない奴は破門だからな。」
「へへー。破門はご勘弁を、お師匠さま。」
「よし、では来たまえ。」
津田はえっへん、と咳払いをして家に上がるように促した。

今日は津田からキスの刺身の捌き方を教えてもらう日だ。
キスは小さくて強い骨がある魚。
捌きにくいが、刺身で食べると、とても旨味が強い。
初めて食べてすっかりファンになった一平は、刺身の作り方も自分で覚えたくなったのだ。
「まず包丁の背でウロコを落とす。華奢な魚に見えるけど、意外にウロコが強いんだ。」
「そして頭を落として腹を出し、流水で腹をよく洗って血合いを取る。」
「ここで一旦まな板と包丁をきれいに洗って水気を取っておく。」
「キスもペーパータオルで水気を取っておく。これ大事。刺身が水っぽくなっちゃうからね。」
「それから三枚におろす。小さいから包丁の切っ先を使うんだよ。」
「切れなくなったら濡らして軽く絞ったペーパータオルで刃を拭うと脂が取れて、また切れるようになるからね。」
「皮も引かないといけない。小さくて大変だけど、これは数をこなして覚えるしかない。」
「あとはタッパに入れて2、3日冷蔵庫に入れて寝かせるんだ。刺身が空気に触れないように、密着するようにラップを被せておくこと。こうして寝かせると旨味がぐっと増すよ。」
「他の魚も基本はおんなじ。キスが捌けるようになったら、他の魚なんて簡単さ。おっきいからね。」
津田は、じゃあ頑張ってね、はいこれ、と包丁を一平に手渡した。

さすがお師匠さま…。
いっぺん教えたからあとは自分でやんなさい、という流儀は、職場だろうがプライベートだろうが、変わらない。

さあ、やるか…。
隣から覗き込んでにこにこしている野島さんの視線がどうも気になるけど、ね…。

キスと格闘すること2時間。
ようやく全部のキスを捌き終えた。
「あー、疲れたあ。」
お、できたかい?と、奥の居間で野島さんのおばあちゃん、野島さんとくつろいでいた津田が、よっこいしょっと台所に出てきた。
「旨いもん食うのって、体力使うんだよ。」
「釣るのにも、捌くのも、ね。」
野島さんも居間から出てきた。
「お疲れさま。寝かせおわったら呼んでね、お酒持って食べに行ってあげるから。」
野島さんはタッパを覗き込みながらウインクする。
「大変申し訳ありません。初めて自分で作ったキスの刺身は、全部僕が食べます。おすそわけは次回からということで。」
「あら残念。まあ、そういうことならしょうがないわねえ。」
野島さんが笑う。
津田がすかさず突っ込んだ。
「今年はあんなに食ったんだから、もういいかげんにしときなさいよ。キスが化けて出るぞ。」
「野島さん、そんなに食ったんですか?」
「え?どうだったかなあ…。」
野島は口笛を吹きながら居間の奥に引っ込んでいった。
津田と一平が顔を見合わせ笑い合う。
「今度、ルアー教えてください。」
「お安いご用で。」
一平は、じゃ、お邪魔しました、と、家を出た。

西の空が赤く染まり始めていた。
いつの間にか心地よい風が吹いていて外の熱気もほとんどおさまっている。

風向きが変わり、海風になったようだ。

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