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「いただきまーす!」 第21話

2020/09/11
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第21話

週末の朝。

ゆっくりと目を覚まし、目覚まし時計を見る。
9時過ぎか…。
そろそろ起きないと。

パジャマのまま布団を抜け出し、冷蔵庫を開けてハムと卵を取り出す。
ガスコンロにフライパンをのせて油を引き、火をつけた。

「ふぁーあ。」
一発、大あくびをかましながらフライパンにハムと卵を並べてフタをし、弱火にする。
冷蔵庫からキュウリ1本とマヨネーズを取り出し、食器棚の上にある食パン2枚とともに皿に乗せた。

フライパンのフタを開けた時、ドアをノックする音がした。
「はーい、開いてまーす。」
一平の声に、ノックの主がドアを開けた。
「おはようございます。って、ごめんなさい、まだパジャマなんですか?」
ポニーテールの女の子が立っている。
大家の孫娘、優子ちゃんだ。
「あ、飯食ってからでいいよね?」
「それは大丈夫ですけど…。おばあちゃんとこで待ってましょうか?」
「ごめんなさい。食ったらすぐ行きますんで。」
じゃあ、と、優子がドアを閉めた。
外階段を降りていく音がする。

「ふぁーあ。」
一平はもう一発大あくびをしてから食パンをそのままひとかじりした。

一平は、自分の住む幸福荘の大家、神代ばあちゃんから前日に頼まれ事をされていた。
ばあちゃんの飼い猫、清十郎をワクチン接種に連れて行ってほしいとのことだった。
行き先は大戸動物病院。
かつて食検に勤めていた経歴を持つ大戸という人物に興味があったので、一平も引き受けることにしたのだ。

朝食を済ませて着替え、外階段を降りてばあちゃんの部屋に向かう。

ドアをノックし、声をかける。
「おはようございます。」
どうぞ、という優子の声を聞き、ドアを開けた。
中の丸い卓袱台を囲んで、ばあちゃんと優子が座っている。
神代ばあちゃんがよっこいしょと立ち上がり、手招きをした。
「お入んなさい。今日はすまないね。よろしく頼むよ。」
「ええ、大丈夫です。清十郎は?」
優子が自分の隣にある洗濯ネットを指差す。
網目の粗い洗濯ネットがなにやらゴソゴソと動いている。
部屋に上がってネット越しに中を覗き込むと、黒白ブチのデブ猫、清十郎が入っていた。
いつものふてぶてしさはどこへやら、耳を後ろに三角に反らし、とても不満気だ。

こいつもこうなると、さすがに形無しだな…。

一平はニヤつきながらネット越しに清十郎の頭を撫でる。
清十郎はさらに不機嫌な顔で一平を睨み付けている。
「車出してくれて、今日は助かったよ。いつもは私の息子が連れてってくれるんだけどさ。優子ちゃんが一緒に行ってくれるから。」
「あ、そうなんですね。わかりました。」
「お金とか診察券とか、優子ちゃんに渡してあるからね。」
「わかりました。じゃあ行こうか、優子ちゃん。」
優子は、はい、お願いします、と言ってバッグを肩に下げた後、清十郎の入った洗濯ネットを両手で抱えた。

二人はアパート前の駐車場に停めてある一平の車に乗り込む。
「すみません、一平さん。今日、お父さん都合悪くなっちゃって。いつもはお父さんと私が連れていくんだけど…。」
「いやあ、大丈夫だよ。俺、今日なんにも予定ないんで。」
「大戸先生んとこ、初めて行くんで、道、教えてもらっていいかな。」
「ええ。私、案内します。隣町なんですよ。あ、そこから右に出てください。」
一平は了解、と言いアパートから車を出した。

車は郷浜市の郊外へと走っていく。
いつものように回りは田んぼだらけだ。
ふと一面の緑色がやや黄色味を帯び始めていることに気付いた。よく見ると稲穂が出始めている。

へーえ…。
いつも通勤で通ってたのに、全然気付かなかったな…。

「あ、優子ちゃん、来月の津田さんのお祝い、よろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「けど一平さん、私、ちょっとムッとしてたんですからね。」
「え!」
「津田さんのお祝いの話をロビンのマスターと話してた時、優子ちゃん、お酒の席とか出てもらって大丈夫ですか、って聞いてたでしょ?」
「私のこと、高校生みたいに思ってたんでしょ。こう見えて二十歳なんですからね。全く失礼しちゃう。」
「あー、ごめんごめん。優子ちゃん、若づくりだからさ。」
「幼く見える、って言いたいんでしょ?」
「私だって髪とかメイクとか、ちゃんとすれば、それなりになるんですからね!」
「ホントごめんなさい。もう勘弁してくださいよ。」
運転しながら、一平は平謝りだ。
ふと優子の膝の上、洗濯ネットに入った清十郎と目が合う。
一平を見上げている清十郎が、フン、ざまあみろ、と言いたげな面構えに見えてきた。

まさか、こっちの話分かっとんのか?こいつ…。

一平は気まずく目を反らし、ハンドルを握り直した。

車はやがて隣町の市街地に差し掛かった。
「そこの角、白い建物です。」
小さな2階建ての白い建物に数台分の駐車場。道路脇に緑の看板に白字で「大戸動物病院」と書いてある。

車を駐車場に停めて優子とともに病院に入る。
一平達の他に客はいなかった。
清十郎を抱いた優子が受付に声をかける。
「おはようございます。」
はーい、と中から女性の声がした。
女性が受付からひょこっと顔を出す。
少し前に津田と共に入ったライブハウス、70’Sで偶然一緒になった大戸の奥さん、礼子さんだった。
髪を後ろに束ね、白衣姿だ。

「あ、優子ちゃんね。おはようございます。あれ、えっと…。」
優子の後ろに立っていた一平に気付いたようだ。
一平も慌てて挨拶をする。
「田中と言います。前に70’Sでちょっとだけご一緒させていただきました。」
「あ、そうそう!そうだったわね。」
礼子は突然、何か思いついたような顔をし、受付カウンターからぐいと身を乗り出してニヤリと笑い、優子に小声で囁いた。
「ひょっとして、優子ちゃんの彼氏?」
「えー!全然違いますってば!田中さんはおばあちゃんのアパートに住んでて、今日車出してもらっただけなんです!」
優子は飛び上がらんばかりに大声を出し、清十郎の入った洗濯ネットをぎゅっと抱き締めた。
中の清十郎が思わずぶみゃあ、と鈍い叫び声を上げる。

そんな全力で否定しなくても、ねえ…。

「なんだ、そうなの…。」
礼子はつまらなそうな顔をしてカルテ棚に向かった。
「なんか楽しそうだね。」
白衣姿の大戸がひょっこりと顔を出す。
「おはようございます。」
優子が大戸に挨拶をした。
「おはよ。あ、田中君だったよね。おはよ。」
一平はまたしても慌てて大戸に、おはようございます、と挨拶をした。
「おはよ。今日はワクチンだよね。じゃ、入って。田中君もどうぞ。」

6畳ぐらいの診察室に入る。
白い壁と落ち着いた色調の床材。真ん中に診察台が1台あるだけだ。
「そこ閉めてね。」
一平は頷き、診察室のスライドドアを閉める。

優子が洗濯ネットに入れたまま、清十郎を診察台に乗せる。
診察台脇の体重計のデジタル表示をちらっと見て、大戸が言う。
「…。おい清十郎、また太りやがったな。」
「おばあちゃんは気を付けているんですけど、清十郎がどっかで何か食べてきてるみたいで…。」

こんの野郎…。俺んとこ以外でも盗み食いしやがってんのか…。

大戸が洗濯ネットのチャックを少しだけ開け、清十郎の頭を出してやる。
すかさず優子がチャックが開きすぎないよう、後ろからチャックの根元を掴んだ。
「さすが優子ちゃん、わかってるねえ。」
「清十郎、こうしとかないとあっという間に抜け出して脱走しようとするから。」
「だよなあ。こいつ頭いいんだよ。」
「けどここで脱走したら、ばあちゃんとこ帰れねえぞ、こら。」
こら、とか言いながらも、大戸は清十郎の頭をよしよしと撫でている。
清十郎もまんざらでもなさそうで、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

清十郎が気を許している間に、大戸は手早く触診や検温、聴診を済ませた。
「じゃあ、打つね。」
大戸の隣で礼子がワクチンのバイアルと注射器、針を差し出す。
大戸が静かに注射器をセットし、清十郎に見えないようにしながらワクチンを吸い上げた。
「じゃあ優子ちゃん、頭撫でててね。」
大戸が清十郎の後ろに回り、狙いを定めているようだ。
一平からは清十郎の頭しか見えない。

一瞬、清十郎がピクッと動いた。
「はい、終わり。」
大戸が空の注射器を持って清十郎の前に回り込む。

大戸はカルテになにやら書き込み、受付にいる礼子に渡した。
「帰っていいぞ、清十郎。」
洗濯ネットから頭だけ出した清十郎が、大戸に向かってぶみゃあと鳴く。
「ありがとうございました。ほら、清十郎、入って。」
優子が清十郎の頭を洗濯ネットに押し込み、チャックを閉めた。
清十郎は再び不満げだ。

優子が清十郎を連れて診察室を出ていく。
優子の後ろ姿を見ながら、大戸がスプレーで診察台に消毒薬を吹きかけ、清拭しながら一平に話しかけてきた。
「どう?仕事。」
「どうにかやってます。みなさんからも良くしてもらってます。」
「そう。なら良かった。」
「幸福荘の神代ばあちゃんとも仲良くしてくれてるみたいだね。あの人からは俺もだいぶ世話になっちゃってさ。」
「清十郎のこともよろしく頼むな。」
「…。先生、前に検査所いたんだよって、検査所のみなさんから聞きました。」
診察台を拭く大戸の手が、一瞬止まった。
一平を見ずに大戸は再び拭き始める。
「ああ。そうだよ。もうだいぶ経っちゃったなあ。」
「石川課長ともご一緒だったそうですね。」
「…。そうだね。あ、もうあっち終わったみたいだよ。」
そう言うと大戸は優子と清十郎が待つ待合室へ行くよう、一平を促した。

診察室を出た一平は、共に出てきた大戸に向き直る。
「また来てもいいですか?」
「もちろん。大歓迎さ。」
大戸は白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、にっこりと笑った。

「お疲れさま、清十郎。あとでごほうびあげるからね。」
帰路の車中、優子は今度は後部座席に乗り込み、洗濯ネット越しに清十郎の頭を撫でている。

運転しながら、一平は別れ際の大戸の表情や仕草を懸命に思い出していた。
それにしても…。

それにしても俺は一体、大戸先生に何を聞こうとしていたんだ…。

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