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「いただきまーす!」第24話

2020/10/04
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第24話

我妻がドスを効かせて歌いながら、ゆっくりとテーブル席を縫うように歩いていく。
まるで花道からリングに向かうプロレスラーだ。

途中、優子が我妻と目が合った。
優子が思わずひっ、と小さく叫び、後ずさりする姿を見て、我妻がさらに目をギラリと光らせる。

それ、普通に怖いでしょ…。
一平は可笑しくてたまらない。

あ、木村さんはどうなのかな?
大盛り上がりの店内で木村を探す。
木村は平然とした顔でスープの入った皿をテーブルに運んでいる。

さっすがあ…。
こういうの、あの人には効かないんだよな、多分。

木村がメインの皿を取りにカウンター脇に戻って来た。
「係長、やりますねえ。優子ちゃんビビっちゃってましたね。」
「木村さんは平気なんですね?」
一平が恐る恐る木村に声をかける。
「これ、前に見てるから。」
そう言い、メインの皿を持ってスタスタとテーブルに戻っていった。

あ、そうなんだ…。
なるほど、了解です。

ステージに上がった我妻が一気に歌い切ると、再びアッコ、アッコの大歓声が沸き起こった。
「おうりゃあ!」
我妻が拳を突き出して声援に応じる。

我妻はそのまま自分の席へとドスドスと歩いていってどっかと座り、チャイナドレスの裾も気にもせずに足を組み、振り向きざま、一平に向かって手を挙げた。
「田中ぁ!ビールくれぇ!大ジョッキな!」

一平が大急ぎでジョッキを我妻に運んでいると、再びドアにスポットライトがあたる。

今度は半袖開襟シャツにサスペンダー付き半ズボンの巨体の男が、ウクレレを抱えて立っていた。
丸メガネをかけているが、牛乳瓶の底みたいな分厚いレンズで視線がよく定まらない。頭のてっぺんの髪をゴムで結び、ちょんまげにしている。
ウクレレ漫才のぴろきのいでたちだ。

石川課長、引き出し持ってんなあ…。

ポロロン、ポロロン、とウクレレを鳴らし、はぁー、あっかるく陽気にいきましょお、っと歌いながら、石川がテーブル席を縫いながらステージに向かう。

ウクレレをポロロンと鳴らす。
「僕が入ったばかりの頃、所長の頭はふさふさでした。」
「でもある日を境にどんどん頭が薄くなっていったんです。」
「どうしたんですか、僕心配です、って所長に聞いたら、所長が言うんです。」
「ばかやろう!お前が俺に心配ばかりかけるからじゃねえか、って。」
「ひっひっひ…。」
「はー、あっかるく陽気にいきましょお。」

ウクレレで合いの手を入れ、今度は安藤をいじり倒す。
「安藤さんって昔、男前だったんです。」
「でも最近はちょっといまいちだなあと思ってたんで、どうか元の男前に戻ってくれませんか、って頼んでみたんですよ。」
「そしたら言われたんです。」
「もう手遅れです、って。」
「ひっひっひ…。」
「はー、あっかるく陽気にいきましょお。」

石川がウクレレで合いの手を入れ、どんどん職場の上司や先輩をいじり倒していく。

さんざん上司達をいじり倒した石川は、同輩や若手の声援を援護射撃に、軽快なウクレレ演奏と供にピシッと場を締め、やんやの喝采を浴びた。

ペコリと頭を下げた石川は、そのままの格好で我妻のとなりにポテンと座り、またしても一平に向かって手を挙げる。
「おーい、一平!ビール!」

はいはい…。
カウンター越しに、ロビンのマスターが苦笑しながら大ジョッキを一平に渡した。
ったく、もう…。あいつら、いつか仕返ししてやる!

ステージ脇の山田が笑い転げながらマイクを持つ。
「ではここからはお食事と音楽をお楽しみ下さい。」

山田の合図を受け、ステージにスタンバイしていたクラリネットのおじさんがバンドメンバーとアイコンタクトし、演奏が始まった。
構成はクラリネットにトランペット、トロンボーン、そしてエレキベースとドラムス。
このメンバーで組んで長いのかもしれない。息がぴったりだ。

1曲目は軽快なリズムで思わず楽しくなる曲。
「五匹のこぶたとチャールストン」。

店内が明るめの照明に戻り、皆が食事を始めた。
さっそく津田達の周りに人だかりができて、皆が代わる代わる話しかけては一緒に写真を撮り合っている。

思い思いに食事をしてはジョッキを傾け、話し込む。
ある者はバンドに聞き入っている。
テーブルを縫うようにして料理や飲み物を運んでいる木村と優子も皆から話しかけられ、楽しそうに応じている。

楽しそうな笑い声の中、次の曲に変わった。
ノリノリのドラムソロからどんと入る!
「シング、シング、シング!」だ!
みんなの肩がリズムに乗って揺れているのがわかる。
カウンター内の二人のマスターも、リズムにノリノリ、時にはパン!とハイタッチしながら食事や飲み物をセットしている。
一平もリズムを刻んでしまう。

あ、次。これ知ってる。
「A列車で行こう」だ。

スイングジャズって、カッコいいな…。

優子が上気した顔で軽くステップを踏みながらカウンターに帰ってくる。
「最高ですね。思わず体が動いちゃう!」
「だね!これよろしく。」
一平がサワーの入ったグラスを渡すと、はい、といい、優子がトレイに乗せてテーブルに戻っていった。

優子ちゃん、またステップ踏んでるし…。

あー、いいなあ。こんな時間…。

バンドは休みなく曲をどんどん続けていく。
会場の明かりがやや暗くなり、スポットライトでバンドメンバーが浮かび上がる。
今度はグッとムーディな曲。
「ムーンライトセレナーデ」。

そして続けざまに、これも名曲。
「星に願いを」。

ああ、たまらん…。

なんでだろ?
ずっと動きっ放しなのに、あまり苦にならない。
きっと音楽のせいだ…。

酔客の喧騒の中に、ふと木村の姿を見つけた。
木村も時々立ち止まっては、演奏に聞き入っている。
一平はカウンターにもたれかかりながら演奏に聞き入り、木村の横顔を見つめる。

きれいだ…。

と、一平の脇から人影が動き、ステージに向かった。
あ、ユッコさんだ!

ジャズバンドの最後の音色が響き渡り、店内に大きな歓声が上がる中、バンドメンバーと握手しながらユッコさんがキーボードにスタンバイする。
ジャズメンバーはステージから降り、テーブル席に着いた。

拍手と歓声が鳴り止むのを待ってから、ユッコさんがテーブル席の方を向く。
「素敵な音楽、ありがとう!」
テーブル席に戻ったジャズメンバーが再度立ち上がり、客席からの声援と拍手に何度も応じている。
ユッコさんがマイクの角度を調整しながら、にやりと笑う。
「あたしも負けないからね。」
会場内が笑い声に包まれた。
会場の明かりがすっと落とされ、スポットライトがユッコさんを包み込む。

「津田さん、野島さん、おめでとうございます。」
「今日はこの3曲にしました。」
「絢香さんの曲です。」
「三日月、I believe、おかえり。続けていきます。」

静かにユッコさんの弾き語りが始まった。

ピアノの音色。ユッコさんのハスキーボイスで語られる絢香の世界。
皆たちまち引き込まれ、聴き入っている…。

歌詞が沁みる。

三つの曲。津田と野島さんのこれまでの心の動きが投影されているような…。
ついそんな気にさせられてしまう。

野島が肩を震わせ、溢れる涙を静かにこらえている。
気配に気付いた津田が、真っ直ぐユッコさんの方を向いたまま、そっと野島の手を握る。
津田の手の温もりを感じ、野島は優しく握り返した。

3曲目「おかえり」のエンディングの余韻が静かに止む。
会場内から沸き立つような歓声と拍手が上がった。

ユッコさんはにこりと笑って立ち上がり、ペコリと頭を下げてステージから降りた。
降り際、テーブル席の石川にタッチする。

石川はぴろきの格好のままウクレレを持ってステージに上がり、カウンターに向かって手を振った。
70’Sのマスターが応じ、ステージに上がる。

マスターがマイクを持った。
「じゃあ、僕達からは、この曲です。」

石川がウクレレを爪弾く。
マスターが静かに歌い始めた。
エルビス・プレスリー「好きにならずにいられない」だ。

マスターの渋い声で紡ぎ出す、せつないスローバラード。
石川が静かに奏でるウクレレのアルペジオサウンドが、せつなさを倍増させる…。

あんた、よくそんな格好で…。
でも、沁みるなあ…。

ウクレレが鳴り止むと、すっと照明が明かるくなった。
いつの間にかジャズメンバーがドアの前にスタンバイしていた。

山田がマイクを持った。
「それではこれでお開きです。」
「みんなでお二人をお見送りしましょう!」
再びバンドが「5匹のこぶたとチャールストン」を演奏し始めた。
皆が立ち上がり、ドアまでの花道を作る。

山田が津田達を促す。
「さあ、お二人、お車の準備ができてます。こちらからどうぞ。」
「え?」
「いいから、ほら!」
山田が津田の背中をポンと叩いた。

山田は今度はカウンター脇の一平に手を振る。
「一平君、ドア開けて!外!」
へ?そんな段取り、ありましたっけ?

一平がドアを開けると、ピッカピカの黒塗りセダンが横付けされていた。
一平に気が付いた運転手が運転席から出てくる。

いかにもコワモテ系といった男が、黒いスーツ姿に白い手袋姿で出てきた。
思わず怯んで後ずさりするが、どうも見覚えがある…。
あ、俺の車買った修理工場の社長じゃねえか!

社長は一平と目を合わせた。
「あ、しばらくぶりですね。車はいかがですか?」
そんな格好で下手に出られると、余計怖いんですけど…。

「だ、大丈夫です。」
「そりゃよかった。」
「何かありましたらいつでも言ってください。」
「え、ええ…。」

まもなくドアの近くで歓声が上がり、津田達が出てきた。

「ふー。一平君、やっと会えたね!」
津田がもたれかかるようにして一平の肩を抱く。
「あー、もう!今日はありがとう!とーっても楽しかった!」
野島さんがすっかり上気した顔でにっこり笑った。
「いやあ、今日はおめでとうございます!」
「僕もとっても楽しかった!」

隣で聞いていた社長が後部座席のドアをすっと開けた。
「それではお送りさせていただきます。」
はい、お願いします、と二人が乗り込むのを確認した社長が、怯える目で一平の背後を凝視しているのに気付いた。

恐る恐るゆっくりと振り向いてみる。

背後で、我妻が腕組みをして仁王立ちになっていた…。

係長。
チャイナドレスとアッコさんのヅラ脱いでくれたのはいいけど、顔の化粧とピアス、まだそのままです…。

車が出ていくのを見送り、我妻が一平の肩を叩く。
「飲み直すぞ。」
はい、と言い、店のドアを閉めたその時、スマホのバイブが鳴り、ポケットから取り出した。

んーと…。
え?由美ちゃん?

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