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「いただきまーす!」第25話

2020/10/09
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第25話

ヴーッ、ヴーッ…。

ん…。
うるせえな…。

体のあちこちが軋み、思わず布団を被る。
…。

やおらガバッと飛び起き、スマホを見た。
由美ちゃんのLINEメッセージが何個も入っている。
”一平君、お久しぶり”
”話せるかな?”
”あれ、忙しい?”
”また明日連絡します”
”おはよ。今、大丈夫?”

あー、頭痛え…。
そっか。昨日、由美ちゃんに連絡できなかったまま、酔い潰れちまったもんな…。

昨日、津田達を送り出した後の大宴会の狂騒が、頭の中でフラッシュバックする。

電話しなきゃ…。

布団の中で由美に電話してみると、2コールで由美が出てきた。
「おはよ!お久しぶり。元気にしてる?」
「ごめん、昨日忙しかったかな?」
由美の明るい声がアルコール漬けの脳ミソに突き刺さる。
うめきながらなんとか言葉を絞り出す。
「お久しぶり。」
「なんかひどい声。大丈夫?」
「あ…。昨日飲み会だったもんだから…。」
「へー、そうだったんだ。」
「どう?そっち。」
「まあ、ぼちぼちかな…。」
「そうなんだ。」
「あのさ、こっち来ることあるかな?」
「え?」
「こっち、って、東京?」
「そう。一回会って話できればって思ってるんだけど。」
「どしたの?」
少し間が空き、由美が続ける。
「臨床やる気、ある?」
「え?」
「私の勤めてる病院で今、人探しててさ。どうかな、と思って。」
「お金はそこそこだけど、結構しっかりした病院だし、院長先生もすっごくいい人なんだ。」
「どうかな?」
「…。いや、あんまり突然なんで。急に言われても…。」
「ま、そうだよね。」
「今すぐでなくても大丈夫な話なんだ。だからこっち来ることあったら、ゆっくり話できるかな、と思って。」
「臨床やれるチャンスだよ。」
「まあ、今日返事ほしい訳じゃないから。」
「その気があったらいつでも連絡ちょうだいね。じゃ。」
由美がプツンと電話を切る。

全然変わんねえな、こういうとこ…。

スマホを放り出して再び布団に寝転がり、ぼんやりとアパートの天井を見上げる。

卒業前に別れて以来だ。

同じ獣医学部の由美とは2年付き合っていたが、この春、お互いの卒業と同時に別れたままだった。由美は卒業後、希望通り都内の動物病院に就職した。

あれから半年ぐらい経ったんだな…。
最後に会った時の、あの言葉がまだ鮮明に頭に焼き付いている。
「私ずっと我慢してたけど、あなたのその決められない優柔不断なところ、大っ嫌い!もうやってらんない!」

あんなこと言ってたくせに、連絡よこすって、なんだよ、もう…。

しっかし、あったま痛てえ…。

一平は再び布団にもぐり込んだ。

週明けの朝。
突き抜けるような青空の下、検査所へ続くいつもの田んぼの一本道を車で駆け抜ける。
もうそこここで農家の人達が稲刈りを始めている。収穫シーズンに入ったらしい。

ああいう機械であっという間に刈れちゃうんだな。
すんごい手際…。

検査所の駐車場に車を入れると、木村の真っ赤なオフロードバイクが目に止まった。

今日みたいな日、こいつに乗ったら気持ちいいんだろうなあ…。

玄関の自動ドアを通ると、ヘルメットを抱えた木村が立っていた。
「週末はお疲れさまでした。」
「田中君もお疲れさまでした。楽しかったね。」
「いやあ、盛り上がっちゃいましたね。津田さん達も喜んでくれてよかった。」
「やっぱ、ライブはいいわね。」
「ホントっす。」
よう、おはよ、お疲れさん、と、すれ違いざま、みんなから声をかけられる。
「田中君の活躍ぶり、みんな見てたわよ。」
「松田さん、渡辺さん、安藤さんとか。みんな、あいつよく稼ぐなあ、って。」
「あれれ、俺、あの日はなんにも言われなかったけどなあ…。」
「あら、そうだったの。直に言わないのがあの世代のめんどくさいとこよねえ。」
木村と一平が顔を見合わせて笑い合う。

「あ、さっき石川課長が、田中君来たら自分のとこに来るように伝えてくれって、言ってたよ。」
「了解です。」
手早く白衣に着替え、事務室の石川課長の席に向かう。
石川の机はいろんな文献や試薬・検査機器のカタログが山積みで、いまにも崩れそうだ。
机の主はいつも通り、巨体を丸めてパソコンに向かっている。

「おう、おはよ。週末はお疲れさん。」
「お疲れさまでした。」
「どうだった、俺のウクレレは。」
「最高でした。今度教えてください。」
「あほう。楽器はまずは自分で覚えるもんだ。」
「ほんで、ある程度弾けるようになってから、人に聞くんだ。」
「まず自分で楽器持たにゃな。いい楽器屋紹介してやるぞ、ん?」
ほれきた…。
「あ、また今度ということで…。」
「ふん、さてはやる気ねえな?」
大きな目玉でギョロリとこちらを睨み付ける。

「まあいい。そんな話で呼んだんじゃない。」
「お前、出張行ってこい。」
「え?」
「木村のネタ、学会前の肩慣らしとして、2週間後の全国食肉衛生検査所会の微生物部会で発表させる。」
「お前に木村のカバン持ちとして同行してもらうことになった。」
「都内、前泊付き。詳細はメールするから準備しとけ。以上だ。」
「へ?」
「わかったか?」
「は、はい。」

都内で前泊?
一瞬、昨日の由美の電話が頭をよぎる。

「おーい、一平!そろそろ行かないと枝肉出てくるぞ!」
我妻係長が事務室の自席に座ったまま大声で怒鳴る!
いっけね!朝一番、枝肉検査だった!
「はーい、今行きまーす!」
一平はダッシュで事務室を飛び出した。

と畜場の検査員控室から駆け降り、装備を身につけ、枝肉検査台に向かう。

場内では走らない、走らない。
急いでる時こそ、走らない、っと…。

懸肉室では、数人の作業員さん達がナイフを持ってスタンバイしている。枝肉は枝肉検査台のあと10mメートル手前まで来ていた。

早足に検査台に向かう。
「おはようございます!」
「おはようございます。」
作業員さん達が挨拶を返す。
懸肉室の検品責任者、バンさんが一平に近づく。
「なかなか来ねえなと思ってたら、なんだ、朝一番は先生か。」
「すみません。」
「遅れんなよ。あっという間にどっさり溜まっちまうからよ。」
「了解です、あ、来た来た。」
1頭目を掴み、目視を始める。
「ちっ。」
バンさんはまだ何か言いたそうだったが、渋々自分のポジションに戻っていった。

ふー、なんとか間に合った。
さあ、集中!
1頭目で枝肉の各部位のチェックポイントをまずきっちり確認。2頭目からはチェックの手順どおりに、自分の体がきちんと動くかをセルフチェック。
数頭検査して自分の動きをセルフチェックしちゃえば、あとは脳ミソで考えなくても体が勝手に手順を再現してくれる。
これで脳ミソは目視だけに集中できる。
そして目視のツボは、ひとつ前の豚の正常な状態のイメージが消えないうちに次の豚の各部位を目視して、前の豚の残像イメージと目の前のイメージを比較する感覚。

よしよし。いい感じ。

それにしても木村さんと出張なんて、ウキウキしちゃうな。
まあ現地集合だろうし、発表控えてるから、のんびり、って訳にはいかないだろう。けど、ごはんぐらい一緒に食えるんじゃないかな…。

…。
東京か…。

由美ちゃんどうしよう…。
つーか、ここに至って、臨床って…。

「先生!お願いします!」
遠くで若い作業員さんが手を挙げている。
「あ、今行きます!」
検査台を降りて作業員さんの所まで行き、指し示す部位を確認する。
右の頚部が腫れている。膿瘍を見逃したようだ。
「はい。お願いします。」
作業員さんが慣れた手付きで膿瘍を割除する。
検査台に戻ろうとすると、すれ違いざまにバンさんが一平をジロリと睨んだ。

くっそお、見られた!

一平は検査台の手前で大きく深呼吸してから、検査台に乗り、左手で次の豚の脇腹をぐいと掴んだ。

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