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「いただきまーす!」第26話

2020/10/18
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第26話

「…本法は特に高額な機器を導入する必要がなく、かつ迅速に豚丹毒遺伝子を検出することができることから、今後の検査業務の効率化に大きく寄与するものと思われました。」
「以上です。」
会場の照明が明るくなり、壇上の木村が少し眩しそうに顔をしかめる。
フロアにマイクが用意され、質疑応答が始まった。

一平は都内のとある衛生機関の大会議室で、木村の発表に同行していた。
総勢50人くらいだろうか。全国の食肉衛生検査所で構成する会の、微生物部会の研修会だ。食肉衛生検査所で主に微生物検査を担当する職員が、全国から集まっている。

会場の中から一人の中年男性が手を挙げた。
「特異性、つまり豚丹毒菌であれば、どんな株でも必ず陽性となるし、それ以外の菌では必ず陰性となる、ということの確認作業は今後も進める、という理解でいいですね。」
木村が答える。
「当所で保存している菌株を用いた検証では、すべて正しい結果が得られています。だた、もっと多くの菌株でも正しい結果が得られるかどうか、全国の検査所のみなさんから検証していただければと考えています。」
「今後の確認作業は他の検査所の検証頼み、ということですね。」
「もうひとつお聞きしたい。今回の検査は平板培地上で発育したコロニーを処理して検査に供することを想定した検査フローですね。今回発表したLAMP法を用いて、平板培養の前段階である増菌液体培地から、直接遺伝子を検出する手法を、今後開発するお考えはありますか?」
「その予定はありません。」
「理由をお聞かせいただけますか?」
「平板培地に接種する前に行う増菌液体培地内に遺伝子が検出されただけでは、豚丹毒菌の遺伝子がそこにあることを証明できるだけです。死んでしまった豚丹毒菌の遺伝子が検出された可能性を否定できず、そこに病変を作り出すことのできる生きた豚丹毒菌がいる、と言い切ることができません。」
「豚丹毒菌の場合は増菌液体培地から平板培地に接種後、遅くても48時間以内に特徴的なコロニーが形成されます。まずそのコロニーの平板培地上での形状と、グラム染色の鏡検で菌形態を確認する。その上で、そのコロニーに対して今回のLAMP法を使って遺伝子を確認する。」
「このステップを踏むことで初めて、生きた菌でかつ豚丹毒菌に類似した形態を示す菌が病変部に存在していること、そしてその菌が、豚丹毒菌に特異的な遺伝子配列を持っていること。このふたつを言い切れると考えています。」
「私も同じ考えです。ありがとうございました。」
「ほかにどなたか質問はございますでしょうか?」
「なければ次の演者の方、お願いします。」
座長が場を仕切り、木村が壇上から降りる。
木村はそのまま会場の外へ出て行った。
一平も後を追う。

木村はロビーの片隅のソファに深々と腰を下ろし、背もたれにもたれかかって天井を見上げる。
一平は、おずおずと向かいの席に座った。
「あーあ!」
「やな奴!」
「さっきの質問者ですか?」
「そう。」
「うまく説明していたように見えましたけど。」
「あのね、」
「あとは他の検査所頼みですか、てのにカチンときたのよ、私は!」
「なんで、うちでもやってみます!って言えないのかね!」
「それに二つ目の質問。」
「あれ、分かってて聞いてきやがったのよ。」
「私が増菌培地から直接検出してみたいとも思ってます、なんて言おうもんなら、さっきの私の論理を私にぶちかまして、がっちりとっちめてやろうと思ってたのよ。」
「そんな…。考え過ぎですよ。」
「いや、絶対、そう!そうだってば!」
うわ…。角が生えてきた…。

と、スーツ姿の一人の若い男が近づいてきた。
「里崎の郷浜食検の木村さん、ですよね?」
うわ、スラッとして爽やか系。ちょいカッコいい奴…。
木村が慌ててソファに座り直す。
「初めまして。君島食検の結城と言います。」
「先程の演題について、ちょっと教えていただいていいですか?」
「あ、はい!どうぞ!」
「実は私共の検査所でも木村さんと同じような発想で、検査手法を見直す取り組みをやってまして。」
「?」
「迅速検査法で早く結果を出せれば、自分達検査所の人間も、食肉業者さんも助かる。そんな手法をどんどん取り入れていこうじゃないか、と思ってるんです。」
「そしてその手法は、うちだけの独りよがりじゃなく、全国のみんなが賛同し、みんなが使ってくれるものにしていきたい。そう思ってます。実はLAMP法は僕らも考えていたんですよ。」
「木村さんの検査法、是非、私たちのところでも試させてください。」
「え!やってみてくれるんですか!」
「もちろんです。早速上司に掛け合ってみますから、あとでいろいろ教えてくださいね。」
これ、連絡先です、と、結城が名刺の裏にメールアドレスを書き、木村に手渡した。
木村も急いで自分の名刺を取り出し、アドレスを書いて結城に渡す。

「あと、さっきの質問者ですけど。」
「あんまり気にすることないですからね。あの人、この部会の長老で有名人なんです。」
「木村さんの検査法、きっと僕以外にも誰か手を挙げると思いますよ。」
「みんなで追試して部会で認知させて、さっさと全国標準法にしちゃいましょう。」
「もうこれ以上、頭の固いオッサンどもの好きにさせてはおけませんからね。」
結城は木村にニコリと笑いかけた後、ソファから立ち上がった。

「よかったじゃないですか。」
「なんか、ちょい良い感じの人でしたね。」
「そうかな…。」
そう言いながら、木村は上気した顔で結城の名刺を眺める。

しばしの間黙って名刺を眺めていた木村は、やおら立ち上がると、結城の後を追いかけていった。
慌てて一平も木村の後を追う。

最後の演者の発表が終わり、会場の明かりが戻るのを待って結城を探し当てた木村は、すかさず結城の隣に座った。
「今日、これ終わってから、少しお話しできませんか?」
「新幹線の時間まででしたら。」
「それで結構です。私も今日の新幹線で里崎に戻るので。」
「じゃあ東京駅あたりで早めのごはんにでもします?」
「やった!ご一緒させて下さい!」
なんかすっかり意気投合じゃん…。

「じゃあ僕、こっち地元なんで、実家に顔出そうかなと思ってまして。ここで失礼します。」
「なに言ってんの!田中君も一緒だよ!」
「え?」
「そうですよ。3人の方が楽しいですよ。田中さん、でしたね。是非ご一緒して下さい。」
「ほらあ!じゃ、行きましょう。」
木村に促され、結城が席を立つ。
一平は二人から引きずられるように外へと連れ出された。

三人で駅近くのビアレストランに入ったものの、ほとんど結城と木村だけが喋っている。二人とも一平には、でしょ?とか、そうだよね?ぐらいしか言ってこない。
検査の話になると二人はかなりヒートアップしてしまい、一平にはとてもついていけず、最後にはもう適当に相槌を打ちつつ、その場でビールをチビチビやってるしかなかった。

あーあ。
ついてこなきゃよかった…。

ビールジョッキの濡れたコースターをいじりながらぼんやり外を眺めていると、ポケットでスマホのバイブが鳴った。

あ、由美ちゃんからのLINEだ…。
出張に出る前に、東京に行くことだけは伝えてあった。

「ごめんなさい、木村さん。久しぶりに帰ってきたんだから早く帰ってこい、ってうちからメール来ちゃって…。」
一平が立ち上がり、椅子に掛けてあった上着を羽織る。
「あ、そうなんだ。そんならしょうがないわね。じゃあ、今日はありがとう。お疲れさま。」
「お疲れさまでした。」
結城が、またお会いしましょう、と微笑みかける。
ではお先に失礼します、と言い、店を出た。

少し雨が降ってきたようだ。
雨を避けるように駅までの雑踏を歩きながら、由美から届いたLINEメッセージを確認する。
”明日、会えるかな?”

少しの間、由美のメッセージをぼんやり眺める。
薄暗くなり始めた鉛色の空を見上げ、ふうっと小さく息を吐き出した後、返事を打った。

”いいよ。”

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