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「いただきまーす!」第27話

2020/10/25
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第27話

もう辺りはすっかり暗くなっている。雨は上がったようだ。
郊外の見慣れた駅を出て、古びた家が建ち並ぶ住宅地を歩く。
やがて表札に田中と書いてある木造の1軒家にたどり着いた。
一平の実家だ。
木枠のガラス戸をがらりと開ける。

「ただいま。」
中から物音がし、母の和子が出てきた。
「お帰り。ご飯は?」
「食べてきた。」
畳敷きの茶の間に入り、座布団に座り込んで足を放り出す。
「お疲れさま。今朝着いて、そのまま研修会だったんだって?」
「うん。」
研修会ついでに実家に帰ることは連絡してあったが、前日入りすることは隠していた。実のところは、前日の新幹線で東京入りして駅近くの居酒屋で大学の同期と一杯やり、都内のホテルに泊まっていたのだ。

「戻るのはいつ?」
「明日のお昼に友達に会うことになってるから、その足であっちに戻るよ。」
「明日美は?」
「バイト。最近あの子、いつも遅いから。」
「そうなんだ。何やってんの?」
「ライブハウスのスタッフだって。週末なんか全然家に居ないのよ。」
「へー、やるね。」
「お風呂入っちゃってよ。そろそろお父さん帰ってくるから。」
「へーい。」
自分の部屋に入り、リュックを置く。
小学校からずっと使ってる机。置いてきぼりにした本や雑誌が詰まった本棚。煤けたカーテン。
ここを出たときのまんまだ。
たった半年あまりなのに、なんか、ずっと居なかったような気がする…。

パジャマに着替え、頭をタオルでガシガシと拭きながら風呂から出てくると、父の清一が帰ってきていた。清一はいつもの作業着姿だ。
「よう、お帰り。よく来たな。」
「ただいま。」
「まずは風呂入ってくる。」
清一が作業着を脱ぎながら茶の間を出ていった。

和子が小鉢と箸をちゃぶ台に置いた。
「一平、ポテサラ食べる?好きだったでしょ?」
「おっと、こいつは食っとかないとね。」
「そうよ。おばあちゃん直伝、我が家自慢の一品なんだから。」
「だよね。他所ではこういうの食えないもんな。こんど作り方教えてよ。」
「え、あんたご飯なんか作ったことないじゃない。」
「ずっと外食や買い食いだとすぐお金なくなっちゃうから、あっちでやり始めてるんだ。」
「最近なんか、魚のさばき方まで覚えちゃった。」
「へー!すごいじゃない!さばくって、お刺身?」
「そうだよ。」
「大したもんねえ!こっち居たときのぐーたら息子に聞かせてやりたいわ。」
「え、ちょっとひどくね?」
「あんた炊事どころか、ゴミ出し頼んでも逃げ回ってたでしょうが。」
「あれ?そんなことあったっけ?」
一平は小鉢のポテサラをひとつまみ、ぱくりと口にした。

「おいおい、楽しそうだな。」
パジャマ姿の清一が風呂から出てきた。
「あ、お父さん、いまご飯出すから。」
「おう、頼む。」
和子に続き、清一も台所へ行く。

あれ…?気のせい?
なんか父さん、小さくなった?

清一が缶ビールを2本持って台所を出て来た。
ちゃぶ台のいつもの場所にどっかと座り、1本を一平に差し出す。
「お前もどうだ?」
「うん、もらうよ。」
二人でガシュッとプルタブを開け、小さくコツンと缶を合わせた。
清一はぐいっとビールをあおり、大きく一息ついてから小さく微笑んだ。
「どうだ、向こうは。」
「うん、なんとかやってる。」
「そうか。」
清一が小鉢のポテサラをつまんでいると、和子が焼き魚を持ってきた。
「お父さん、一平、向こうでご飯作ってるんだって。」
「お魚もおろせるようになったんだってさ。」
「え?お前が?ほう…。大したもんだな。」
「魚って言ったって、ちっちゃいのしかやったことないんだけどさ。」
「ちっちゃいの?」
「キスだよ。向こうで釣り覚えてさ。自分で釣ったやつを自分でさばくんだ。」
「そいつは最高だな。」
「最高だよ!いままで食った刺身の中で、一番!」
「こんど俺にも食わせろよ。」
「そのうち、ね。」
「おっと、上からきやがったな。」
「へへ…。」

清一がビールを一口飲み、焼き魚をつまむ。
「どうだ、仕事は。」
「まあ、ぼちぼちかな…。」
「なら上出来だ。」
清一が、おい母さんもう一本くれ、とビール缶を振りながら台所の和子に言う。
久しぶりに見る清一の横顔。気のせいだろうか。やけに白髪や顔の皺が目につく。
「ちょっと痩せた?」
「いや、変わんねえよ。なあ、母さん。」
「そうね。私もいつも通りだと思うけど。」
台所の和子が背中を向けたまま応じる。
「…。ねえ父さん、いまの仕事長いの?」
「そりゃ長いさ。学校でてすぐ入って、そのまんま。ずーっとやってる。」
「へえ…。」
「なんだ、急に。」
「いや、ちょっと聞いてみただけ。」
「なんだそれ。」
清一は和子から缶ビールを受け取ってプルタブを開け、一口ごくりと飲み込んだ。
「いつまで居るんだ?」
「明日の昼に友達と会って、その足であっちに戻る。だから午前中には出るかな。」
「そうか…。また来れたら寄れや。」
「ああ、そうする。」

和子が台所から出てきてお浸しの小鉢を清一の前に置く。
「あんた達、他に話すことないの?なんか素っ気ないのね。」
「ふん、野郎同士なんてこんなもんだ。」
清一はお浸しをつまみながらテレビをつけた。

「じゃあ、俺、寝るわ。」
「おう、お疲れ。」
清一は一平に軽く微笑んだ後、ニュースを伝えるテレビに視線を戻した。

翌朝、結局一平が会えたのは和子だけだった。
清一は早朝から出掛けており、妹の明日美は深夜に帰宅して爆睡中。
「じゃあそろそろ行くわ。」
「あ、これ明日美があんたにって、置いてあったわよ。」
「何これ?」
「さあ。」
和子から渡されたお兄ちゃんへ、と書かれた小さな封筒には、microUSBと小さなメモが入っていた。
”お兄ちゃんお帰り!行ってらっしゃい!”
”私のお薦め音源だよ!後で聴いてね!”

ほう、なかなか可愛いところあるじゃん…。

「明日美には後で俺からメールしとくわ。」
「そうして。」
「じゃあ行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」

家を出て電車を乗り継ぐ。
久々の都内の雑踏。なんかとても新鮮だ。
駅を出て商店街をしばらく歩き、約束していたファミレスに入った。
店に入るとすぐ、奥のボックス席から由美が大きく手を振っている。
軽く手を挙げて応じ、ボックス席に近づく。

あれ、もう一人?
男?

「久しぶり一平君!元気そうね。」
「うん、久しぶり。えっと、あれ?」
「そうなの。吉田君にも声かけてるんだ。」
「よう田中、久しぶりだな。」
吉田がデカイ手で一平の背中をべしべしと叩く。

おいおいなんだ、こいつもいるのかよ…。

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