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「いただきまーす!」第28話

2020/11/01
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第28話

「田中、まあ座れって。」
「ああ。」
一平はボックス席の吉田の隣に腰を下ろす。
向かいの席に座っている由美はベルを押し、メニューを頼んでいる。
「何か食べるよね?あたしたちハンバーグセット頼んだんだけど。」
「そうだね。俺もそれにしよっかな。」
そう、じゃあ、と、由美がメニューを持ってきた店員さんにオーダーを告げた。

久しぶりに由美と会う。
当たり前だけど、半年前とおんなじだ。
けど、ちょっとメークが変わったかな…。
一平の視線を感じ、由美が一平を見返す。
「ん?なに?」
「あ、いや、別に…。久しぶりだな、って思って。」
「そうね。」
少し会話が途切れた隙に、横から吉田が口を挟む。
「なんだよ、お前ら付き合ってんじゃなかったっけ?なんかよそよそしいなあ。」

またこいつ、余計なこと言いやがって。だから前からあんまし関わらないようにしてたのに…。

「まあ、今は一服、ってとこかしら。ね?一平君?」
「あ、いや、まあ、そうかな…。」
「あ、そうなんだ。へー。」

こいつじゃま!なんでこいつ呼んだんだ。

たまらず由美を見返す。
由美はそ知らぬ顔でコップの水を一口飲んだ。
「今日は仕事の話。あ、来たわね。食べながら話しましょ。」
店員さんがハンバーグセットをテーブルに並べる。
さ、食べよ、と由美がフォークとナイフの入ったトレイを吉田と一平に差し出した。

3人で黙々と食べ始める。
やがて一息ついたのか、由美がフォークを置いた。
「うちの病院で人探してるんだ。どう?来ない?」
「今すぐ来てくれればありがたいんだけど、来春でもいいんだって。」
「興味があるなら一度、病院見に来てくれないかってさ。」
「あ、俺、行く!」
吉田がサラダを頬張りながら声をあげた。
「吉田、お前、県職じゃなかったっけ?」
「そうだよ。でももう辞めるって決めたから。」
「あんなの獣医の仕事じゃねえよ。あほらしくてやってられっか!」
驚いた一平が吉田に聞き返す。
「えっと、今、どこいるんだっけ?」
「保健所だよ、保健所!」
「毎日毎日、居酒屋とかバーとかの営業許可出しで走り回ってさあ。」
「おっさんやおばさんからもっと早く来れないの、段取り悪いわね、とか嫌み言われたり小突き回されたりしてよ。」
「課に戻れば上司が申請書類起案してさっさと回せ、とかよ。あんなの事務屋さんでできる仕事だろうが。」
吉田がハンバーグのかけらにフォークを突き刺す。
「係にかかってくる電話なんか、あそこのレストランのトイレが汚い、とか食器入れるトレイがどうしただとか、そんなのばっか。」
「俺は食い物屋のクレーム処理係じゃないっつうの!」
「追い討ちかけるように、そういう電話もソツなくこなせ、っていう課長のセリフ。こいつに一番腹が立つ。」

吉田がハンバーグを口に投げ込む。
「犬猫の仕事もあるんじゃなかったっけ?」
吉田の剣幕にビビりつつ、一平がおずおずと尋ねる。
ハンバーグを飲み下し、吉田が口を開く。
「犬?そう、犬もあんのよ。」
「犬当番、とか言って携帯持たされて、夜だろうが鳴ったら家飛び出してってどっかの犬を引き取ってセンターに入れてさあ。」
「あとで課に犬を引き取りに来た飼い主なんてよ、そのままほっときゃ家に戻ってきてたのに、なんて言う始末。夜中に呼び出された俺は一体、なんだっつうの!」
「こんなの獣医じゃなくたってできんだろうが!なあ、田中!」
「あ、俺、保健所じゃないからよくわかんない、かな…。」
「行ったらお前だってそう思うさ、絶対!」
「もうやんねえ。」
吉田はカップに入ったスープをぐいと一息に飲み干した。

由美が宥めるようにゆっくりと話しかける。
「職場の人とはなんか話してみてるの?」
「職場?職場の奴等なんか話にならねえよ。」
「直の上司なんか、私、保健所初めてなんで、聞かれても困るなあ、なんて言いやがってさ!」
「じゃあ俺は誰に聞いて仕事覚えりゃいいんだよ!」
「そんなんでも肩書きは係長だぜ、なんにも知らないのに係長。」
「あー、腹立つ!」
「課の他の連中は、係が違うからごめん、ああ忙しい、とか言ってどっか行っちゃうし。」
「田中、お前もそのうち保健所行くんだぜ。そんときに今俺が言ったことが分かるって。検査所だって毎日毎日おんなじことの繰り返しで、退屈でしょうがねえだろうが。同期が検査所いるけど、こんなの定年までやらされるかと思っただけで、もううんざりだよ、って言ってたぜ。」

「県職なんか辞めちまえよ。」

そう言い放つと吉田は、あー、しゃべったらちょっとスッキリした、ちょっくらコーヒー取ってくるわ、と立ち上がり、ドリンクバーへ向かった。

二人きりになり、とたんに気まずい空気が流れる。
由美が飲みかけの水が入った自分のコップを見つめ、軽く揺らした。
「ごめんなさい。」
「二人で会うのはまだちょっとやめとこうかな、って思ってさ。」
「うん…。」
一平も由美のコップを見つめたまま、頷く。

「一平君はどうなの?」
「臨床に興味がないわけじゃ、ない…。けど、まだ行きたい、とか、行こう、とかじゃなくて…。」
「今の仕事は?」
「うん。まあまあ、かな…。」
「そっか…。」

由美がすっと目を上げる。
まっすぐな目で見つめられ、思わずどきりとする。

「じゃあ気が向いたら連絡して。」
「そうする。」
「由美ちゃん、今日はありがと。」

一平の言葉に由美の眉がほんの少し動くのに気付いた。
しまった、と思ったが、もう遅かった。

由美はコーヒーを持って近づいてくる吉田を見つけ、私もコーヒーにしよ、と席を立った。

一人ボックス席に残された一平は、自分のコップをぼんやり見つめる。

アホか、俺は…。

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