「いただきまーす!」 第29話

第29話
由美たちと別れ、駅へと雑踏を歩き出す。
あの後、二人で吉田の愚痴をさんざん聞かされながら、由美とは差し障りのない世間話に終止しただけだった。
二人で会ってたら、俺は何を話してたんだろう…。
東京駅に着いた頃には、少しずつ辺りが暗くなり始めていた。
見飽きたはずの東京駅。
あそこの階段入り口でよく待ち合わせしたな…。
あれ?あんなところに売店あったっけ。
新幹線改札を抜け、ホームに立つ。
少し寒い、かな…。
周りの人達もいつの間にか厚めの上着を重ねている。
冬が来るんだ…。
春は高速バス乗ったんだっけか…。もうあれから半年…。
一平の立つホームに、新幹線が静かに近づく。
ゆっくりと迫る新幹線のヘッドライト。列に並んでいる人達がバックを肩に担いだり大きな鞄を拾い上げたりしながら、乗り込む準備を始めている。
すぐ隣の親子連れには、見送りに来ていたらしい老夫婦が何度も話しかけ、小さな男の子の頭をくしゃくしゃになるまで撫でている。
さてと…。
一平もリュックを肩に引っかける。
なんかこういうの、今、ちょっと苦手かも…。
親子連れを避けるように先に列に並び、新幹線に乗り込んだ。
新幹線の窓際の空き座席にすかさず滑り込み、リュックを下ろす。
さっきの親子連れは別の車両に乗ったようだ。
やがてアナウンスが流れ、新幹線が静かに動き出す。
ふうと息をついて前を向き、列車の揺れに身を委ねながら腕組みをして目を閉じた…。
けれど寝てしまえと思えば思うほど、眠れない。
大きなため息をついて、目をつぶったまま両手をポケットに突っ込む。
と、右手に小さな封筒が当たった。
あ、そうだっけ。
朝、実家を出る時に母の和子から渡されていた、妹の明日美からの封筒。
同封してあったメモに書かれた明日美の見慣れた字をもう一度読み返しながら、慎重にmicroSDをつまみ上げる。
なんだろ…。
スマホのスロットにゆっくりとセットし、中身を見てみた。
音源データが20ほど。
ならばとイヤホンをセットし、プレーヤーでランダム再生ボタンをタップした。
「うわっ!」
とたんに耳をつん裂かんばかりの爆音に襲われて飛び上がり、思わずイヤホンを外す!
一平の声に驚いた周りの乗客の視線が、一斉に一平に突き刺さる。
「あ、すみません…。」
ペコペコと謝りながら座席に屈み込んだ。
あんにゃろ!やりやがったな!
ボリュームを思い切り絞り、全曲チェックしてみる。
なんだよ、みんなギンギンのパンクロックじゃねえか!
あいつ、こんなの聴いてんのかよ…。
あ、でもドラムとギター、やべえかも…。
「ん?」
SDに画像データが2つ入ってる…。
ひとつを開けてみる。
黒Tシャツにジーパン姿の若い男女のツーショット。二人でゾンビメークして笑って写ってる。
女の方は明日美。
ウエストポーチにガムテープを通し、いかにもライブハウスのスタッフって感じ。
男は知らない奴。ドラムスティックを持ってピースサインで決めてる。
「へえ…。やるねえ。」
ニヤリと笑い、もうひとつの画像データを開けてみた。
アルバムに張り付けた古びた写真をそのままスマホで撮った写真。
実家の玄関前。
昼下がりだろうか。
幼稚園ぐらいのおかっぱ頭の明日美が、隣で水鉄砲をカメラに向けて笑っている小学生の一平に、ほっぺたを思い切り膨らませながら、シャボン玉を吹きかけている。
後ろで微笑むエプロン姿の母、和子。その隣で腕組みをしてカメラに向かって若々しく立つ父、清一。
この写真、覚えてる。じいちゃんが撮ってくれたんだっけ…。
サンキュ、明日美。貰っとくわ…。
ただただ真っ暗な車窓に目を移す。
もう一人の自分が、頬杖をついてまばたきもせず、ただじっとこちらを見つめている。
一平を乗せた新幹線は、放たれた1本の白い矢のように漆黒の闇を切り裂いていった。