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「いただきまーす!」 第3話

2020/09/29
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第3話

アパートに届いた荷物をほどく手を止め、ぼんやり考える。

我妻から連れて行かれた小さな自動車修理工場では、まるで我妻の子分のような、これまたすんごいガラの悪そうな兄ちゃんから古びた銀色の軽自動車を押し付けられた。
「車検込みで20万。来週乗れっから。ボーナス払いでいいよ。」
「うちの若いのだから、ぼるんじゃあねえぞ!ひでえ車押し付けたらただじゃあ済まねえからな。」
「先輩の若い衆に間違った商売なんかしませんって。これは見かけは古いけど俺がしっかり見といたやつだから。なんかあったら言ってくれればロハでやるよ。」
「その言葉、忘れんなよ。」
あの、俺の車なんすけど。
俺そっちのけで二人で決められちゃった…。

段ボール箱から本を出しながらぼんやり考える。
ここに来たって前と同じ。
回りに押し流されるだけで、何一つ、自分で決めてない。
(私ずっと我慢してたけど、あなたのその決められない優柔不断なところ、大っ嫌い!もうやってらんない!)
由美の言葉が再び脳裏に浮かぶ。

いかん!
なんだって自分で決めて、前に進まないと!
なんかやんなきゃ、とは思ってるんだけど。
けど、何も思いつかない…。

ごろりと仰向けになる。
ぶら下がった蛍光灯の傘を見てると余計に虚しくなる…。
なんでこうなっちまったのかな…。

とたんに腹がぐうっと鳴った。

あ、晩飯まだ食ってないや。
さっきからネガティブな考えばかり浮かぶのは、きっと腹減ってるからだ。
そうだ、よし、まず飯食いに行こう!

一平はふらりと外へ出た。

アパートを出てふらふらと路地を歩く。
と、見覚えのある焼鳥屋が目に止まった。
「あ、あれ。」
昨日あいつ、いや、石川課長に連れられてしこたま飲んだとこだ。
昨日の酒がようやく抜けたばかりでとても飲む気になんかなれない。けど、他にあてもないし…。
まあ、ここでいいや。
紺色ののれんが風に揺れている。
そっか。「ほのか」って店だったんだ。

のれんをくぐり、ガラガラと引き戸を開ける。
「いらっしゃい。あらあら。」
恰幅のいいおかみさんが、昨日はありがとうございました、とカウンターを勧めた。
隣で白髪頭を角刈りにしたおやじさんが、引き締まった腕で焼鳥の串をひっくり返しながら一平に気付き、小さく会釈する。
「お酒はいいんで、なにか食べさせてもらえませんか?」
「なら煮物と漬け物、あと焼鳥適当にお出ししましょうか?」
「ええ、それで。あと白いご飯、ありますか?」
「ありますよ。」
「助かります。」
「今日はお一人なんですね。」
おかみさんがキュウリの漬物とご飯を出してきた。
「それとね、これ。」
里芋と鶏肉、それにシイタケとタケノコの煮物だ。
醤油のいい香りに思わず箸を伸ばす。
「うまい!」
「あら、嬉しいじゃない。」
おかみさんがころころと笑う。
「この組み合わせは強力ですね!味付けも抜群です!」
「そりゃあもう、うちの看板ですから。」
煮物を一口放り込んでは白飯をかっ込む。もう止まらない!
「お客さん、昨日石川さんと一緒でしたね。検査所の方ですか?」
「はい。今年入ったばかりで。」
「獣医さん?」
「まあ、一応…。でも、まだ入ったばかりで何にもできないっすけど…。」
「今日は現場初日で、豚の頭で悪戦苦闘してました。まだ豚の頭も満足に診れないヒヨコ獣医です。」
「うちは長いこと検査所の方々から来ていただいてまして、みなさん顔馴染みなんですよ。今でこそたいした貫禄だけど、石川さんも最初はよく、上の方から連れて来られてられては、飲まされてましたよ。」
「今は自分から飲んじゃってますけどね。」
おかみさんがほっほっほっ、と笑う。

「おい、おしゃべりはそんぐらいにしとけ。」
おやじさんが焼鳥を3本出してきた。
「一番右の食ってみな。それ、知っていなさるかい?」
「カシラ、って言って、豚の頭から外した肉だ。」
「今日夕方仕入れた品物だから、ひょっとしたらお客さんが仕事した肉かもな。」
「え?」
思わず真っ先にひとかじりしてみる。
とても噛みごたえがある。それにモツのように味が濃い。塩コショウだけで十分うまい!
「うめえだろ?」
「自分で仕事して、今度は自分の舌で確かめる。先生方もなかなか乙な商売だねえ。」

そんな風に考えたこと、一度もなかった…。

店には次々とお客さんが入ってきて、もう満席。酒が入るにつれ、みんなどんどん声が大きくなる。
「だからさ、係長の言うことは、わかんのよ。けどね…。」
小上がりのテーブルでは、先輩らしい背広姿の男に、向かいに座っている若い部下らしき男が真剣な顔で聞き耳を立てている。
「あたしさあ、今日ちょっといいことあってさ。」
カウンターの角に座っているおばさんが、隣に座っているおばさんにぐい、と体を寄せる。
おやじさんはにこりと笑い、へい、こちらのお客さん、と別の客へ焼鳥を差し出している。
おかみさんも、カウンターごしにもう別のお客さんと談笑中だ。

そっか…。俺が今日検査した豚の頭、もうこうやってみんなが食ってるんだよな…。

よし、まず俺が食わなきゃ!

「いただきます!」
二切れ残ったカシラ肉の串にペコリと一瞥し、いっぺんに二切れ全部を口に放り込み、噛みしめる。

うーん、悪くない…。

酔っ払い共の騒ぎはいよいよヒートアップしてきている。
そんな喧騒に身を委ねながら、一平はただひとり、口をモゴモゴさせながらカシラ肉を噛みしめていた。

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