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「いただきまーす!」 第31話

2020/11/22
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第31話

真っ暗な林の中を、ヘッドライトの明かりを頼りに進む。
先導する津田のヘッドライトが心強い。
聞こえるのは津田と自分が砂を踏みしめる足音。そして遠くに潮騒。

やがて林が開け、夜空が顔を出した。
360度、今にも降ってきそうな一面の星空…。
怖いぐらいだ。

林を抜けると砂丘が続く。
ヘッドライトを消し、星の明かりだけで歩く。
砂丘を登り詰めると、一気に視界が広がった。

闇に沈んだ静かな海。
水平線まで続く、満天の星空。
右手の波打ち際をずっと遠くまで辿っていくと街の灯。そしてそのはるか遠くに星空を阻んでいる大きな山影。

風は背後から緩やかに吹いている。
辺りには人の気配はない。

波打ち際の少し手前で津田がリュックを降ろした。
「水際で明かりつけると魚が散っちゃうから、この辺で準備しよう。」
海に背を向けてからヘッドライトを点け、準備を始める。
「暗いとやりづらいけど、すぐ慣れるよ。」
「ゆっくりでいいから、昼間教えた通りに、ね。」

なるほど、暗闇の中ではまるで要領を得ない。
ヘッドライトの角度を修正しながら四苦八苦しているうちに、津田はもうヘッドライトを消して一平から20メートルくらい離れた水際に進み、真っ暗な海に向かって竿を振りかぶっていた。
「じゃ、いっきまーす!」
暗闇から津田の声が聞こえ、ヒュン!という音がしたかと思うと、津田が一平に声をかけてきた。
「最初は軽く投げて、糸が水に十分馴染むのを待ってからだんだん飛距離を伸ばしていくと、トラブルが減るよ。」
「それから慣れないうちは、ルアーにアクションつけるのは明るくなってからでいいよ。少し明るくなった夜明けの時間帯が一番魚の食いが立つんだけど、暗いうちに頑張りすぎて魚のピークタイムの前にライントラブルで釣り不能、ってのが最悪パターンだからね。」

「はーい。」
怖々とリールから竿先までをチェックしてルアーを垂らし、ヘッドライトを消して海に向かい、竿を振りかぶる。

目の前の星空のど真ん中、斜め上方45度。まず最初は力を抜いて、軽くっと。

スッと竿を振る。
遠くでぽちゃんという音がした。
よしよし。まずは回収、回収。
リールを巻いてルアーを手繰り寄せる。

んじゃあ2投目、今度はちょい強く。
竿のしなりを感じながら振る。
うーん、いいねえ。

ならば3投目!
ブン!と振り抜いた瞬間、バシッと音がして手元が軽くなった!

「え!やっちゃった?」
津田が駆け寄る。

ヘッドライトで竿先を照らすと、竿先から出た糸が空しく風にはためいている…。
糸が切れてぶっ飛んだルアーは海の彼方に消え、リールから出た糸が竿の途中で団子状態で絡み合っていた。
「バックラッシュだね。」
「これがバックラッシュ…。」
「そう。ルアー釣りって、ルアーを繊細に動かすためにほとんど伸び縮みしない上にコシのない特殊な糸使うでしょ。」
「だから、リールの中で糸の張り具合が違うと、投げた瞬間に絡まり合ってすぐダンゴになっちゃうんだ。僕もさんざんやったよ。」
「スペアの糸持ってきてないから、今日はこれで終了だね…。」
「…。しょうがないっすね。隣で見てます。」
「ごめんね。早めに切り上げるよ。」
「あ、いや、俺がヘマしただけなんで。」

砂浜に打ち上げられた流木に腰を下ろし、ダンゴ状態の糸を切って竿とリールを片付け、津田のいるはずの方向をぼんやり眺める。
「?」
津田のリュックの色が少し分かるようになってきた?

思わず東の空を見た。
東の空が紫色を帯び始め、はるか彼方の大きな山影がどんどん青色を増し始めた。
今度は頭上を見上げる。
先程までの満天の星空を静かに、しかし有無を言わせず押し退けるように、青空が東の空から西に向かってぐいぐいと広がっていく。
間もなく大きな山影の東の裾から突如、赤い光が一閃したかと思うと、目も眩むような光の塊が、その際を見せ始めた。

見渡す限りの世界が、どんどん色を得ていく。
はるか彼方まで青く続く水平線。右を見ても左を見ても、穏やかな波を受け、果てしなく続く白い砂浜。そしてはるか彼方に誇らしくそびえ立つ大きな山。
心地よく続く潮騒。背後の砂丘ではヒバリが鳴き始めた。

どんなに目を凝らしてみても、やっぱりここにいるのは一平と津田だけだ。

「なんてこった…。」
流木に腰を下ろしたまま目の前の光景に呆然としている一平に、竿を片手に津田が近づいてきた。

「いやあ、今日は反応ないなあ。」
一平は黙ったまま、津田に優しく微笑む。
そんな一平の顔をちらりと見やって小さく頷いた後、津田は竿を肩に担いだ。
「じゃあ帰ろっか。」
「はい。」

よっこいしょっと腰を上げて砂浜を踏みしめ、津田と共に歩き始めた。

なんだ、よっこいしょなんておじさん臭いなあ。
え?ほっといてくださいよ。
そんな話し声が波間からどんどん遠ざかっていく。

潮騒しか聴こえなくなった白い浜辺には、さっきまで一平が座っていた流木と、絡み合うように続く二人の足跡だけが残されていた。

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