長く勤めた自分にしか書けない、そんな記事を。

「いただきまーす!」 第33話

2020/12/06
 
 
 
この記事を書いている人 - WRITER -
アバター
たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

<最初(目次)へ>  <前へ>  <次へ>

第33話

津田が一平のアパート近所にある焼鳥屋「ほのか」ののれんをくぐり、引戸をガラガラと開けた。
「うー、さぶ…。こんばんわー。」
「へい、いらっしゃい!あ、津田さん久しぶり。おや、奥さんと、あらら田中さんも。どうぞ、そこ上がってくださいな。」

三人は店の小上がりに座った。
津田の妻、琴美さんが照れながら笑う。
「おやじさんてば、奥さんなんてやめてくださいよ。」
おかみさんが笑いながらお通しを持ってきた。
「まったく父ちゃんだったら…。でもホントなんだから、いいじゃないですか。そのうち慣れますってば、ねえ田中さん?」
「あはは。どうもお久しぶりです。」
「今日は何にします?」
津田がメニューも見ずにおかみさんに言う。
「焼鳥と、あとはお任せでお願いしていいですか?」
「ええ。ではこちらでやらせていただきますね。お飲み物は?」
「僕らは生中で。あと琴美は…。」
「私は烏龍茶でお願いします。」
「承知しました。ではごゆっくり。」
おかみさんがカウンターに戻っていく。

「なんか三人で来るの、久しぶりだね。」
「そうっすね。たまにはおいしいもの食べないと。」
「ここの、どれもおいしいから困っちゃう…。」
「今日はがっつり食っときなよ。」
「?」
「今日は?」
津田と琴美さんがちらっとお互いの顔を見合わせた。
琴美さんが少し体を乗りだし、小声で言う。
「今日、病院行ってきたんだ。」
「へ?」
「できたって。」
琴美さんがにっこり笑った。
「だから今日からお酒はしばらくお休み。」
「けど私、お酒好きだから、お酒飲まずにここでご飯食べるのって絶対我慢できなさそうだったからさ。ほのかに来るのもお酒と一緒にお休みすることになるなあって。」
「だったらせめて、ほのかでいっぱい食いだめしとこって思って。」
「いやあ!おめでとうございます!やりましたね、津田さん!」
「いや、なんと申しましょうか…。」
津田が頭を掻きながら笑った。

おかみさんがビールと烏龍茶を持って来た。
「あらあら、それはそれは…。おめでとうございます。」
「しばらくお見えにならなくなっちゃうのは残念だけど、どうかお体をお大事にしてくださいね。」
「今日はお祝いだから、頑張らせていただきますよ。」
そう言うとおかみさんはそそくさとカウンターに戻っていった。

「では、私めが…。」
一平の声を合図に、三人がグラスを持った。
一平が座り直す。津田と琴美さんも座を正した。
「津田さん、琴美さん、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。」
三人がグラスをガチンと合わせた。
カウンターの中からおやじさんとおかみさんが拍手をしてくれる。
「いやー、今日はめでてえ!おい、あれ出しな。」
おやじさんが冷蔵庫をくいっと見やる。
「あいよ!」
おかみさんが冷蔵庫から大きな魚の半身を出してきた。
「とびきりいい寒ブリが入ったんだ。こいつを今、出してやるから待ってな。」
「やったあ!ブリだあ!」
「明くんはイナダしか持ってこないもんねえ。」
「悪かったな!イナダはブリの子供だろ!おんなじだよ!」
「大体さ、釣った俺よりばあちゃんより、琴美が一番食ってんだろ!」
「あら、そうだったかしら…。」
「一平君、食い意地張った嫁さんだと苦労すっから、注意しとけよ。」
「いや、注意って。注意なんて、しようがないじゃないですか。」
「あー、そういや俺は結局、まだイナダ釣れてませんよ。あー早く釣れるようになりてえ!」

がははっと、おやじさんがカウンターの中で刺身を引きながら笑った。
「田中さん。すぐに釣れねえからカッカきて、あれやこれや考えながら一生懸命竿を振る。それが釣りってもんですよ。」
「ほんである時、ほいっと釣れるようになる。こいつがたまらなく嬉しいんだよ。んでもって、たまらなく旨い。」
「だから楽しみにしときなさいよ。」
「あいわかりました。精進させていただきます。」
一平が深々と頭を下げた。
津田と琴美さんはクスクス笑っている。

おかみさんが煮物やおひたし、揚げ物と、次々と料理を持ってきて、あっという間にテーブルがいっぱいになった。
「えー、こんなに食べきれませんよ。」
「大丈夫。食べきれない分は後でお包みしますから。」

と、カウンターの奥からドタドタと音がした。
「ちわー、遅くなりました。」
「おう、タケ、急がせてすまねえな。」
声の主がひょっこりと顔を出す。
「あ…。」
またしてもあのガッシリ体型くりっと目玉の肉屋の跡取り息子だ。

小上がりに座っている一平と目があったが、すぐに目線は一平の向かいに座っている津田に向けられた。
「あ、津田さん、この前はありがとうございました!」
そう言うと跡取り息子は、ちょっといいっすか?とおやじさんに言い、カウンターを通って一平達の小上がりにやって来た。
「いっぱい相談に乗ってもらって助かりました。ありがとうございます。」
「けど、店あるから、3年以上も修行してから講習会とか、まして大学これから入るのなんて、やっぱとてもムリっす。」
「そっかあ…。」
跡取り息子は腕組みをして天井を見上げながら大きなため息をつく。
「あーあ、やっぱ無理なのかなあ…。」

少し思案顔をしていた津田が顔を上げた。
「あとはさ、」
「自分で資格者になろうとしないで、資格のある人になってもらう、って手もあるかもね。」
「あ、誰かに頼んじゃう、ってことですね。」
「そう。まあ、知り合いにいればだけど…。」
「考えてみます。ありがとうございました。」
そう言うと跡取り息子は、すみませんお邪魔しました、と、カウンターの奥に消えていった。

「あの人、肉屋さんの跡取り息子さん、って聞いてましたけど、なんか相談されてたんですか?」
津田が煮物をつつきながら答える。
「あいつさ、自分ちの肉でハムとかソーセージ作って売れないか、って言ってきたんだ。」
「ハムやソーセージを作って売るには、食肉製品製造業の許可をとる必要があるんだよ。ほんで食品衛生管理者って資格持ってる人を置かないといけない。」
「食品衛生管理者、ですか?」
「そう。」
「僕ら獣医とかはそのままなれる。」
「あとはそのコースがある大学に行くか、食肉製品製造業の施設を3年以上勤めてから講習会受けて取るか、なんだよ。」

津田がビールおかわりお願いします、とおやじさんに言った。
「やっぱ店やりながらじゃ、資格取るのハードル高いよな。」
「ハムとかソーセージの商売って難しいんですね。」
「そうだね。肉って昔から微生物汚染が課題になっている食品だし、ハムやソーセージって工程が複雑で色んなリスクが入り込みやすい上に、保存期間も長く設定される食品だから、まあ、しょうがないよな。」

津田がおかみさんからビールを受け取って一口飲んだ後、再び煮物をつつき始める。
「あいつ、言うんだ。」
「俺、うちが取引してる農家さんが作ってくれた豚肉に、絶対自信がある。」
「その肉でハムとかソーセージ作って売ったり、看板メニューにしたレストランとかやってみたい。」
「そしたら、もっともっとみんなが買ってくれて自分だって嬉しいし、農家さんだって喜ぶんじゃないか、ってさ。」

津田が目を上げて小さく微笑み、一平と琴美さんと見た。
「かっこいいと思わん?」
一平は黙って頷き、ビールをちびりと飲んだ。

そっか、あいつ、そんなこと考えてたんだ…。

<最初(目次)へ>  <前へ>  <次へ>

この記事を書いている人 - WRITER -
アバター
たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© 元公務員獣医師拓一人のブログ , 2020 All Rights Reserved.