長く勤めた自分にしか書けない、そんな記事を。

「いただきまーす!」 第35話

2020/12/20
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第35話

風がかなり強い。しかし追い風。
遥か沖は荒れているものの、陸から吹く強風のおかげで、波打ち際から約500メートルまでの波は比較的穏やかだ。

空は鉛色の雲。
ここのところかなり強い海風が吹き荒れて大荒れとなり、いよいよ海が冬の様相を見せ始めていた。しかしここ2~3日、風向きが陸風に変わり、明日はラストチャンスかも、と、津田から言われていた。

一平は一人、竿を担いで海に出た。

かなり遠くに竿を担いでいる人が一人。まだ始めてはいないらしく、ずっと海を眺めている。

今日もダメかもしんない。
でも、やってみなきゃ分かんないよな…。

竿とリールをセットし、ルアーをつなぐ。
思い付くことは全部試したけど、ここまで全く釣れていない。
でもさ、バックラッシュ対策は上手くなったよな。最近はライントラブル全然起きなくなったし。

そう自分を励ましつつ、第一投。

強い追い風に乗り、ルアーがぶっ飛んでいく。
すかさずリールのエッジに左の手の平をごく軽くあてて、必要以上のラインが出ないように調整する。
ラインの適度なテンションを保ったまま、ルアーが遥か遠くの海面に着水した。
そのまま待つと、ルアーが海底に到着した感触が伝わってきた。

最初は軽く、だ。

竿をあおりながらルアーを動かし、リールを巻いていく。
あおるたびにブルルッとくるルアーの動きが伝わる。

うん、いい感じ。

一投ごとに竿の振りを強め、いよいよフルキャスト!

ビシュッ!と竿が鳴き、ルアーが遥か彼方にぶっ飛んでいく。
ラインが恐ろしい勢いで吐き出されていった。

あ、すんげえ飛んだ…。

一人ニヤつきながらラインを回収していると、遠くにいた先行者のオジさんが、一平に大きく手を振りながら沖を指差している。
指差す方向を見ると、二人の立ち位置のほぼ中間ぐらい、約50メートル沖の海面がバシャバシャと騒がしい!

あ、群れが入ってきたんだ!

オジさんがすかさずルアーを投げる!
ルアーが着水するやいなや竿がしなり、強引に寄せ始めた!

一平も急いでルアーを回収し、騒がしい水面に狙いを定め、フルキャスト!
とたんにガツン!とアタリがきて竿が大きくしなった!

うわっ!
竿ごと持っていかれそうになるのを必死にこらえ、強引にラインを巻き始める!

「竿を寝かせんな!」
「一気に寄せて!」
オジさんが一平に叫ぶ。

波間が近づくと魚影が見えてくる。
と、急に波打ち際に沿って横走りし始めた!

あ、くっそ!こんにゃろ!
「ぜったいテンションを緩めんな!」
「そのままぶっこ抜け!」
オジさんが叫ぶ!

「うおうりゃああ!」

竿を立てたまま体ごと陸側に走り、ルアーに食らいついた魚を波間から引きずり出した!

青い魚体、黄色い尾びれ。イナダだ!

おっしゃあ!

「やったあ!」
バシバシと砂浜で跳ね回るイナダに駆け寄り、震える手でルアーを外す。
「よっしゃあ!」

「おーい、まだごっそりいるぞ!すぐ投げろ!」
先行者が竿を曲げながら一平に叫ぶ!

あ、そっか!

跳ね回る最初の獲物を長靴で陸側に蹴飛ばしたまま、すかさず二投目!
またしてもガツンとアタリ!

「いやっほー!」
ぐいぐいとリールを巻きながら先行者を見ると、もう陸に上げてルアーを外しにかかっている。

ようし、負けねえぞ!

二匹目は冷静に対処できている自分に気づく。

そうそう、ここでテンション抜かない、ここで一気にぶっこ抜き!

「ハッハー!」
先行者がしなる自分の竿をいなしながら一平の方を向き、大声で笑った。
「ひゃっほー!」
一平も思わず叫ぶ。

あとは夢中で巻いては投げ、を繰り返す。
あっという間に二人の足元にイナダの魚体がゴロゴロと転がっていく。

そして十数分後。
やがて何もなかったかのように海面が静まり、アタリが遠ざかっていった。

オジさんがゆっくりと近づく。
「いやあ、来たねえ!」
「あー、びっくりしたあ。」
「どうもありがとうございます。俺、ルアーで釣れたの初めてです。」
「そいつはよかった。」
オジさんはくたびれた紺色のキャップを被り直し、浅黒い顔でにっこり笑った。

「さて、片付けるか。」
「まだ暴れてるやつから順に血抜きしとくと旨い刺身で食えるよ。」
「ほんとは一匹ずつ血抜きしながら釣ればいいんだけど、この通り、短時間勝負なんでね。」

そう言うとオジさんは、腰に差した竿立てを砂に突き刺して竿を立てかけた後、まだ砂の上で暴れてるイナダをぐいと捕まえ、やおらエラブタに指を突っ込んでエラをむしりとった。
とたんに鮮血がほとばしる。
「そこらへんの捕まえてやっときなよ。」
オジさんは腰に束ねてあったロープをほどくと、血抜きしたイナダのエラブタにロープの先を突っ込んで口から出して縛り、海に放り込んだ。
2匹目も同様に処理し、同じロープに数珠繋ぎに通していく。

一平も見よう見まねで血抜きをし、ロープにくくりつけた。
「このロープ、どうやって使うのか分かんなかったんですけど、なるほど、そうやって使うんですね。」
オジさんが波打ち際でエラをむしり取りながら笑う。
「きょうびの釣り師はみんな、ストリンガーっていう、魚を吊るす専用の道具を持ち歩くもんなんだ。君にロープを持たせるなんて、君のお師匠さんはここら辺のトラディショナルスタイルなんだねえ。長靴とリュックスタイルだし。」

ようやくすべてのイナダを処理して海に放り込み、イナダの血で汚れた手を海水で洗うと、二人は近くの流木に並んで腰掛けた。

海は何もなかったかのように静まり返っている。

ぼんやりと海を眺めている一平の隣で、オジさんは竿をたたみ始めた。
「あ、もう上がりですか?」
「ああ。帰って捌かないと、ね。」
「そうでしたね、俺も上がります。」

たたもうとして掴んだ自分の竿を改めて見直す。
そこいらじゅうにイナダの血が飛び散っている。リールのハンドルもイナダの血と脂でベタベタだ。大体、腕がパンパンで手元がおぼつかない。

オジさんがゆっくりと腰を上げて波打ち際に行き、イナダをくくりつけたロープを手繰り寄せた。小脇に挟んていたデカいゴミ袋にまとめて放り込むと、サンタクロースのように背中に担いだ。
竿立てに立てかけてあった竿を空いた手でつかむと、一平に向き直った。
「じゃあ、お先。」
「お疲れさまです。」

俺も帰ろ。

一平はリュックの底からゴミ袋を引っ張り出し、自分のイナダをくくりつけたロープをたぐり始めた。

津田さんのセットは今日、大活躍。ロープやゴミ袋の使い方も分かっちゃった。なるほど、近場で釣って海放り込んでおいて、すぐ家で捌くんだから、クーラボックスなんて要らないんだよな…。

遠ざかるオジさんの背中には、見覚えのある古びた紺色のリュックが揺れている。

あ、あの人。
前にここで会ってた人だ…。

その日の海からの帰り。
とても一人では食いきれないし、アパートの冷蔵庫にも入りきらないので、職場のみんなに連絡を取り、イナダを配り歩いた。

津田さん、山田主任、石川課長に我妻係長、渡辺さんと松田さん。
木村さんからは「あたし捌けないからいらない。」とつれなくされちゃったけど、山田主任からはきゃあきゃあ言ってもらって、ちょっと嬉しかったなあ。

自分の分2本。残りあと1本か…。
そうだ、久々、大岩さんとこ、行ってみよ!

レンタルビデオショップ「厳選堂」に入る。
店の奥のレジにいつものパーマ頭が見える。店長の大岩さんだ。
「こんちわ。」
大岩がゆっくりと顔を上げ、一平と分かるとトレードマークの口ひげを歪ませ、にっこりと笑った。
「あ、いらっしゃい、田中さん。」
「ご無沙汰してました。」
「やあ、どうぞどうぞ。ゆっくりしってってね。」
「映画も借りに来たんですけど、ちょっとお願いがありまして。」
「ん?」
「イナダもらってくれません?今朝釣ったんですけど。」
「イナダ?あ、ちょうだい、ちょうだい!でもいいの?」
「ええ。ちょっと釣りすぎちゃって。」
「へー、いっぱい釣れたんだ。上手なんだね。釣りやる人はいいなあ。美味しい魚、いっぱい食えちゃうんでしょ?」
「いやあ、下手くそなんで、ぜーんぜんです。今日たまたま釣れただけなんですよ。」
「いいなあ…。僕は根っからのインドアなんで、買うしか手がなくて。」
じゃあ今、持ってきますね、と一平が車に戻る。

大岩が一平がレジ袋に入れて持ってきたイナダを見て、ひゃあ、おっきいじゃん、と言いながら笑う。
「ところで田中さん、イナダはどうやって食うの?」
「あ、僕は刺身引くぐらいしかできなくて…。」
「刺身引ければ上等じゃん!」
「よっしゃ!お礼に僕が一丁、イナダのムニエル作ってやるよ。夕方取りに来てよ。」
「え!大岩さんが作るんですか?」
「独り身が長いから作るのは得意!任せて。」

「よーし、カルパッチョドレッシング買って、今夜はイナダのカルパッチョとムニエルにしちゃお!」
「おー!いいねえ。ついでに白ワイン、だな!」
「じゃあ僕、イナダの刺身引いて持ってきます。」
「ねえ大岩さん、こんなメニューに合う一作、なんかあります?」
「そうねえ…。」
「古いけど、海を舞台にしたどっぷりひたれるサスペンス、アランドロン主演の太陽がいっぱい、なんて、どう?」
「くーっ、シブいセレクト!いただきです!」
「けど、店、大丈夫なんですか?」
「ああ、奥のキッチンでちゃちゃっとやれちゃうから、大丈夫さ。」
了解です、じゃあまた来ます、と言い、一平は店を飛び出た。

ダッシュで買い物を済ませてアパートに走り込み、竿とリール、ルアーを洗って新聞紙の上に置いてからイナダを三枚におろしてサク取りし、冷蔵庫に。そしてガシガシとシャワーを浴びて身体中の魚臭さを洗い流す。
体を拭いて着替え、頭にタオルを巻くと、水気を取ったまな板にイナダのサクを置き、包丁を持った。

よし、集中。

すーっと刃を滑らせ、刺身を引いていく。

いい感じ。しっかしこのイナダ、すんごく脂がのってるや…。
大岩さん、きっと喜んでくれるよな!

一人悦に入っていると、台所のすりガラスのサッシ戸に黒い影が飛び乗ってきた。
黒い影は、ぶみゃーと鳴きながらサッシ戸を開けようとしている。
アパートの大家の神代ばあちゃんの猫、清十郎だ。
開けろ、俺にもよこせと催促している。

このやろう。鼻が利きやがる…。

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