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「いただきまーす!」 第38話

2021/01/17
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第38話

「しっかし、なんも見えねえ…。」

クリスマスの朝、検査所へ向かう車中で、思わず呟く。
その日は猛吹雪に見舞われた。

荒れ狂うように吹きまくる風と雪。数メートル先の車のテールランプがやっと見えるかどうか。路面はガチンガチンに凍りついたあげく、車の轍ができてうねりまくっている。少しでも急加速や急ハンドルやろうものなら、あっという間に路外にすっとんでしまいそうだ。

30分は早く家を出ろよ、と言われていたので、多めに時間をとって1時間早く出たのだが、それでちょうどいいぐらいのノロノロスピードでしか走れない。

とんでもねえな…。人の住むとこじゃねえよ、まったく…。

市街地から離れると、風を遮る建物がないために倍以上の威力で吹雪が襲いかかってきた。と畜場は人里から離れているので、そこまでの道のりはどう走っても吹きっさらしだ。観念して進むしかない。

凍りついた轍。そして大型車のチェーンでソロバン状にガタガタになってしまった道路。真っ白な視界、強い横風に翻弄され、ガチガチに緊張しながらハンドルを握る。両肩が張って目の奥がジンジンと痛くなってきた。
すると、ようやくうっすらと、と畜場の建屋の輪郭が見えてきた。

はあ…。やっと着いた…。

検査所の駐車場に車を停め、ふうやれやれと車のドアを開けると、強風でいきなりドアが持っていかれそうになった!
「やべ!」
両手で掴んで必死にこらえ、やっとの思いでドアを閉める。

ほうほうの体で検査所の玄関にたどり着き、中に飛び込んだ。
「ぷはー!」
玄関で雪を振り払いながらダウンジャケットのフードを脱ぐと、指導課の上司、渡辺と目が合った。
「おはよ。今日はひどいね。」
「いやあもう、参りました。こっから先、ずっとこんな感じっすか?」
「ま、そうだね。雪はともかく、風は春までずっとかな。ごくたまに弱まる日もあるけど。」
「えー!」
「ここは海に面した平野部だから、冬の季節風はしょうがないよ。里崎なんかの内陸部なら、風がないかわりに、ドカ雪になる。」
「どっちをとるか、なんだよなあ…。」

どっちをとる、とか言われたって、どっちも嫌なんですけど…。

「こっちは風で吹っ飛んじゃうからドカ雪になるってことはほとんどない。でもたまにはドカッと降ってさ、そんときは、もう大変。」
渡辺がカラカラと笑う。
一平は思わず天井を仰いだ。

「あ、田中君、今日、生体検査だよね、もう行かないと。」
「そうでした!じゃ、行ってきます!」

くっそ!やっと着いたと思ったのに、即、現場にダッシュだ!

と畜場側の通用口風徐室でカッパを着込んでヘルメットを被り、マスクにゴム手袋、外用長靴を身に付けて通用口を開ける。外へ出るやいなや、またしても猛吹雪に襲われた。カッパのフードは引きちぎれんばかりにはためき、カッパのフードを掴む手の袖口からも、容赦なく風が突き刺さってくる。
しかも生体検査をする場所は、と畜場建屋の一番風上側に位置する係留所だ。そこまでの道のりに風を遮るものなんか、ない。

八甲田山、って映画、あったよな…。
雪と風が顔に突き刺さって、痛てえ…。
一平はよろけながら一歩一歩、係留所を目指して歩き始めた。

ようやく吹雪の吹き込む係留所のピットにたどり着くと、もう大型トラックがずらりと入っており、係留所に豚を降ろしている。
一平がピットに入ると、何度か見かけていた運転手さんがトラックの運転席から顔を出した。
「よう、先生、おはよ。」
「おはようございます。すんごい吹雪なのに、みなさんよく定刻に着きますね。」
「いつものことだからな。早く出てくりゃいい。そんだけさ。」
「さっすがプロですねえ。」
運転手さんは、へっ、と鼻で笑った。
「俺らは定刻で来てんだから、遅刻すんじゃねえぞ、先生。」
「えっと、がんばります。」
「がんばります、かよ。」
白い息を吐きながら、がははっと運転手さんが笑う。

係留所の主任、シゲさんが、係留所トラックピットの奥から白い息を吐き出しながらこちらに手を振った。
「先生!おはよ!まず最終追い込み通路診てから、1番、5番頼む!」
「はい!了解!」
大声で応じ、係留所のトラックピットに一歩踏み込むと、とたんに足元をすくわれ、あやうく転びそうになった!
「危ねえぞ!せんせー!気を付けろ!」
シゲさんが大声で怒鳴る!
「は、はい、すいません!今行きます!」
こわごわと係留所の階段にたどり着き、柵にすがりつきながら係留所を見渡した。

係留所一面に白いモヤがかかっていて、奥がかすかにしか見通せない。モヤの向こうから豚の鳴き声が聞こえる。豚の体表の汚れを落とすシャワー水が豚の体表で暖められ、その湯気が体育館ほどの広さの係留所の全てを覆い尽くしているのだ。

こいつら、生きてる。
当たり前のことなのに、なんでだろう、今、そう思う。

「おーい、せんせー!早よう!」
「おっす!了解です!」

一平は転ばないよう柵をがっしと掴み、湯気の立ち込める係留所の奥へと踏み出していった。

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