長く勤めた自分にしか書けない、そんな記事を。

「いただきまーす!」 第39話

2021/01/24
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第39話

今日は大晦日、か…。

アパートの窓から外を見る。
相変わらずの鉛色の空。窓に叩きつける強い風も、やむことなんかない。
道路脇には除雪車が押しのけた雪が凍りついて壁をなし、狭くなった道を歩く人達はみな、体を丸めて風をこらえながら足早に去っていく。

窓から離れ、ぼんやりと自分の部屋を見渡す。
テーブルには読み散らかした雑誌、コンビニ弁当の空容器、ビールの空き缶。
テレビの前にはレンタルビデオの袋とDVD数枚。
敷きっぱなしの布団。脱ぎ捨てたままの衣類。
洗い物が積み上げられた台所の流し。
床には郵便受けに入っていたピザ屋のチラシ。

年内の仕事は一昨日で終わり、年末年始休暇に入っていた。
お正月はどうするの?という母からのメールには、初めてだから1回こっちで越してみる、と返信していた。

特段、ここでの年越しに興味があった訳じゃない。
帰るとまた、大学時代の連中に会ってしまいそうな予感があったからだ。
あれからは由美からの連絡はない。ちょっとほっとしているような、いや…。

自堕落に過ごした部屋を見渡すにつれ、どんどん空しさが増してくる。
堪らずダウンジャケットを引っかけ、車のキーを握りしめた。

アパートの外階段を下りる。自分以外、人の気配がない。
車を出して商店街に向かった。

本屋でだらだらと過ごした後、特に買うものも思い付かないまま、スーパーを歩く。
あちこちで楽しそうな家族連れが買い物をしている。小さい子が母親を引っ張り回してはおもちゃ付きのお菓子をおねだりしている。母親の押しているカートを見ると、いつもは買いそうもない肉や刺身が山積みだ。

人混みにいると、余計に気が滅入る。

昼飯でも食おうとロビンに向かったが、店前に着くと、ドアに年末年始休業の張り紙がしてあった。
小さなため息をつき、コンビニで弁当を買い、アパートに戻る。

アパートの駐車場に車を停め、弁当の入ったレジ袋を持って車の外に出た時、ふと動く人影に気付いた。
大家の神代ばあちゃんだった。
ばあちゃんは自分の部屋の前でなにかを探しているようだ。

「こんにちは。」
「あら田中さん、お帰りなさい。」
「どうしたんですか?」
「清十郎、見ませんでした?」
「いないんですか?」
「ええ。また抜け出しちゃったみたいで。」
「私、今晩息子の所に泊まるんだけど、あの子見つかんなくて。」
「毎年大晦日は一緒に連れてってるんですよ。」
「まったくどこ行っちゃったのかしら。もう迎えが来るのに…。」
「困った奴ですね。」
「見つけたらご連絡しますよ。」
「え?田中さんは帰らないんですか?」
「ええ…。今年はここで年越しです。」
「あらまあ、そうでしたの。」
「もしあいつ帰ってきて、大家さんいなかったら、僕んとこにふらっと来るかも知れませんよ。うまくつかまったらご連絡します。」
「いいんですか?」
「ええ。どうせ部屋でゴロゴロしてるだけなんで。」
「それじゃあもし、そちらに行きましたらお願いします。」
あ、ちょっと待っててね、と言い、ばあちゃんが自分の部屋に戻る。

間もなく、ばあちゃんが四角い風呂敷包みを持って出てきた。
「これ、どうぞ。」
「え?」
「おせちのお裾分け。少しですけど、どうぞ。」
「え?いいんですか?」
「もちろんです。年末なのにお願い事までしちゃって、すみませんねえ。」
「いやいや、なんかいつも頂き物ばかりしちゃって、こっちこそすみません。」
「食べてもらえると私も嬉しいの。どうか遠慮しないでもらってちょうだいね。」
あ、迎えが来ましたので行きますね、と言い、ばあちゃんがウインカーを点滅させて近づいてくる車に手を振った。

ばあちゃんが車に乗り込み、車中から一平に向かって手を振る。息子さんだろうか、運転席の男性が同時にぺこりとおじぎをした。

四角い風呂敷包みを片手に、走り去る車を見送る。
さあて、いよいよ一人だ、な。

部屋に戻って包みを開けた。
使い込んだらしい重箱を開けると、彩りもきれいなおせち料理がびっしりと詰まっていた。
黄色い栗きんとんをちょいとつまみ、パクリと食べてみる。


うめえ!
…。よおし!

ストーブをつけてから冷蔵庫を開け、買い置きしてあった純米酒の四合瓶をすらりと引き出す。
おせちと純米酒、そしてお気に入りの箸とぐい飲みをコトンと置き、テーブルの前に正座した。
一度大きく深呼吸してから、パン!と手を合わせる。
「来年も良い年でありますように。」
「いただきます!」

がっしと箸を掴み、重箱に向かう。
あ、この鶏肉とタケノコの煮物、ほのかで食べたのと同じだ。あとは紅白のカマボコに青豆の醤油漬けと数の子、昆布の千切りを和えた漬物。小魚の甘露煮、そして伊達巻と鮭の昆布巻き。

ちょいとつまんでは純米酒をきゅっと飲む。
いや、旨いです、ばあちゃん。
ほんと今日会えてよかった…。

テレビでもつけよかな、と腰を上げると、台所のサッシ戸からカリカリと音がする。黒白の物体がスリガラスを開けようとしている。

来たな…。

にやりと笑い、サッシ戸を開けると、黒白のデブ猫、清十郎がするりと部屋に入ってきて音もなく床に飛び降りると、テーブルに近づき、鼻をヒクヒクさせた。
「やっぱり来たな。」
清十郎はこちらを見てぶみゃーと鳴く。
うちに来たんで今晩預かっときますね、と神代ばあちゃんに電話し、清十郎を見た。
清十郎はまだ鼻をヒクヒクさせている。

「お前も食うか?」
カマボコを二切れ差し出してみると、旨そうにニャギニャギと食い始めた。
「ほう。なら、こっちもな。」
小魚の佃煮と煮物の鶏肉を出してやる。
「あ、俺の分はやらねえからな。」
負けずに鶏肉をほうばり、純米酒でぐいっと飲み下す。
「いや、旨いなあ、おい。」
今度は俺の弁当のおかずをやろう。どうだ旨いか?

小一時間そんなやりとりをしてすっかり満足した清十郎は、ストーブの前にどっかと座り込んで毛繕いを始めた。やがて大きなあくびをした後、ストーブに向かって丸くなり、すやすやと寝息を立て始めた。
寝息と共に上下する清十郎の背中を見ながら、ぐい飲みに純米酒を注ぎ、ぐいっと飲み干す。

ああ。すげえ落ち着く…。

見るともなくつけっ放しのテレビでは、大晦日のお笑い番組をやっている。
けど、話の中身なんてちっとも頭に入らない。うるさく感じ、オフにする。
赤々と燃えるストーブ。ストーブの上のやかんはコトコトと小さな音を立てながら、わずかに湯気を吐き出している。
ストーブの前には清十郎。
小さく上下するその背中を飽くこともなく眺め、ぐい飲みで酒をあおり続ける。

俺達だけの時間。
静かだ…。

やがて訪れた心地よい眠気に任せて、そのまま背後の布団にごそごそと潜り込む。

窓の外ではいつの間にか風がやみ、しんしんと雪が降り積もり始めていた。

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