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「いただきまーす!」 第4話

 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第4話

目の前のコンベアには四角いトレイが整然と並んで流れている。トレイにはその時間帯の最後の豚の頭が置かれ、一平に向かって流れてくる。
目の前に来た豚の頭を左手で掴んで顎リンパ節を切りやすい位置に保定し、両側のリンパ節を切開、断面を確認。顆粒状の病変を認め、頭を廃棄シューターに投げ込む。

1843、頭ミコ。これで午前の分、終了っと。

手早くナイフの血液と脂を洗い流して熱湯消毒槽に放り込んだ後、グローブとエプロンの汚れを洗い流す。
検査用紙に記入し、熱湯消毒を終えたナイフを、刃を傷付けないようにステンレスのケースにゆっくりと収納した。

豚の解体ラインの頭部検査と内蔵検査ポジションがある検査フロアは、広さ20畳ほどの四角い高台。床はステンレス格子でできており、流水で洗浄しやすい構造だ。
頭部と内蔵の検査ポジションの立ち位置は背中合わせになっており、頭部検査に1名、内蔵検査に2名のと畜検査員が立つ。
この時間帯、頭部検査は一平が、内蔵検査は山田と我妻が担当していた。
「田中君、だいぶ慣れてきたね。」
山田がナイフケースを片手に声を掛けてきた。マスクとヘルメットごしでも、その切れ長の眼で見つめられると、ちょっとドキッとする。
「あ、いや、この1週間こればっかやってるんで、さすがに覚えてきました。」
「ばかたれ。なんか出たらなんもできんくせに、一丁前の口利くんじゃねえ。」
長身の我妻が一平と山田の間にぐいっと割って入ってきた。
「そろそろライン上での内蔵検査の練習、始めるんでしたっけ?」
山田が押し返すように我妻に尋ねる。
「いや、ゴールデンウィーク明けからだ。来週から2週間、田中は県庁で新採研修だからな。覚えたての奴が3週も身体開けるとまたド素人に戻っちまうから、今教えても無駄なんだよ。」
「なるほどねえ。じゃ、田中君、新採研修楽しんできてね。」
「はい、ありがとうございます。」
「帰ってきたらみっちりやるから覚悟しとけ。夏までには豚の現場、ひととおりマスターしてもらうからな。」
我妻がマスクとヘルメットごしに頭の上からギラリと見下ろしてきた。
何度されても、怖い…。
「あ、田中君、枝肉検査の渡辺さんに寄って、検体取ってきてくれない?」
すかさず山田が助け舟を出す。
「了解です。」
これ幸いと、一平はそそくさと頭検査ポジションから降りて行った。

少し離れた枝肉検査ポジションにたどり着いた一平は、枝肉検査中の渡辺に声を掛ける。
「お疲れさまです。これ、持っていきますね。」
「おう、さんきゅー。よろしく。あとで結果連絡頼むよ。」
「了解です。」
一平は血液を容れた注射器が一本置かれているステンレストレイを手に取って検査員控室に戻り、装備を片付ける。
続いて検査所に戻り、脱衣所で洗面、手洗い。清潔な白衣に着替え、細菌検査室に向かった。

細菌検査室のスライドドアの窓ガラスごしに石川と木村の姿を認め、ドアを開けた。
「お疲れさまです。これ、お願いします。」
「はい、現場から聞いてます。」
試薬瓶を棚に片付け、木村がトレイを受け取った。
木村は課長、これ、やっときますね、と石川に声を掛け、細菌室から出ていった。
「おう、頼む。」
石川は顕微鏡を覗き込んだまま、応じた。
へえ…。検査課長っぽいことやってることもあるんだ…。
「おい、お前今、たまには検査課長っぽいこともするんだ、と思っただろ!」
そう言い放ち、眼鏡を外した顔を上げて一平をギラリと見据えた。

お前は人の心が読めるっていう妖怪、サトリか?
けどそれより目玉が怖い…。ド近眼だから眼鏡なしではこっちがよく見えてないはずだけど、やっぱり怖い…。

「い、いやあ、そんなことないっすよ…。」
一平の返事を、どははは!と天井を見上げて笑い飛ばす。
「まあ、気が向いたらいつでも顔出せや。」
「あいつもいるから。」
顕微鏡から顔を上げ、木村の出て行った方向をアゴでしゃくりあげながら眼鏡を掛けてにやりと笑う。

やなこと言いやがる…。

負けじと作り笑いをしながらかろうじて受け流す。
「ありがとうございます。ただ僕、来週から新採研修で2週間いなくなっちゃうんで、研修明けから、あ、いや、ゴールデンウィーク明けになっちゃいますね。そん時はどうかよろしくお願いします。」
「そうだったな。いいなあ、新採研修。俺も楽しかったなあ。」

あんたの新採時代なんて、想像もつかんわ…。

再び細菌検査室のドアが開き、木村が入ってきた。
「結果出たけど、私が渡辺さんに連絡しとけばいいのかな?」
「あ、僕頼まれたんで、僕が連絡します。」
じゃ、これね、と結果が書かれたメモを渡された。
すれ違い様、石鹸の香りを感じる…。
あー、幸せ…。

「こら!早く行ってこんか!」
石川の怒号に飛び上がった一平は、木村にありがとうございます、と言い、と畜場へ向かって走った。

その日の夕方、待ちに待った車が納車された。
納車を担当してくれたのは、先日会ったコワモテ系のお兄ちゃんではなく、小柄なお姉さんだった。
「じゃあ、何かあったら連絡してくださいね。社長、ああ見えても仕事はきっちりやりますんで。」
「まあ、社長といっても、嫁の私と二人っきりの会社だけどね。」
ふふ、と笑い、少し離れた場所に待たせてあった修理工場の車に乗り込んだ。
「どうもありがとうございました。」
走り去る奥さん。ツナギ姿が似合ってるなあ。
いやー、あんなきれいな奥さんいるなんて、人は見かけによらないなあ…。

修理工場の車がスーっと走り出す。
と、運転席の男のギラリとした鋭い視線に気付いた。
しゃ、社長!
なんだ、そ、そこにいたんですね…。

ああ、心臓が止まるかと思った…。

修理工場の車が見えなくなるのを待ってから、気を取り直して車に乗り込む。
さあ、これでどこでも行けるぞお!
初乗りはどこいこうかな。けどもう夕方。明日も仕事あるし、遊びに行くのはやめとこ。
まあ、ここんとこ忙しくて映画も観てなかったから、レンタルショップでも探すか…。

あてどもなく街並みを車で流す。
どうも近所には大手レンタルショップはなさそうだ。
と、遠くに「DVD・CDレンタル」と書かれた黄色いノボリが立っているのに気付いた。
近づいてみると黄色い看板に大きく「厳選堂」と書いてある。
お客さんの車も結構停まっている。
へー、ちょっと覗いてみよっと…。

自動ドアを入ると、中は意外と広かった。新作から旧作まで結構な品揃え。
へー、やるじゃん。

今日はノリのいい映画でスカッとしたいところ。
そうだな、「バック・トゥ・ザ・フューチャー PartⅠ」のマイケル・J・フォックスのかっちょいいギターシーンでギュイーンと決めてもらいたいところだな!
よしよし、それでいこう。
あとはしんみりした作品も。宮沢りえの「湯を沸かすほどの熱い愛」なんかいいんじゃね?あれは泣けたからなあ…。

DVDの棚を探し、うまいこと目当ての2本を見つけることができた。
よしよし、今夜はこれで。

カウンターには、パーマ頭で口髭を生やした40代くらいの店員が立っていた。
ネームプレートには「店長」とかかれてある。
へー、この人が店長さんなんだ…。

「いらっしゃいませ。会員証お願いします。」
「あ、はじめてなんですけど。」
「じゃ、お作りしますね。こちらに記入を。運転免許証か身分証ありますか?」
はい、と言い、免許証を出す。
「はい、ありがとうございます。ではこちらが会員証です。で、今日は、っと…。はい、こちらですね。」
一平が差し出したDVDをちらっと見やり、にっこり笑う。
「お借りいただいたこちら、旧作とはいえ結構出るんですよ。映画お好きなんですね。」
「ええ、まあ…。」
「お客さんみたいな映画好きな方に楽しんでもらえるよう、私も日々一生懸命勉強させていただいております。これからも是非お立ち寄り下さいね。」
「それと、」
辺りを見回してからぐっと顔を近づけ、耳元で囁く。
「こちらは当店からのサービス。レンタル料金はかかりませんのでご安心下さい。お返しになる時、中に入っているアンケート用紙に記入してお返しいただけれはそれで結構です。」
別のレンタル袋をそっと差し出した。
「あ、ここでは開けないで下さいね。他のお客さんには内緒の企画なんで。」
「今、お若い方に向けた新企画を密かに検討中でして、是非ご協力いただければ助かります。」
「あ、そうなんですか。観てアンケート書けばいいんですね。暇だからいいっすよ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
なんだろ?まあ、元々映画はジャンル問わず何でも観るんで、別にいいけど…。

途中のコンビニで弁当とおつまみ、ビールを買い、軽快に車を走らせる。
アパートに戻った一平は、まずビールをガシュッと開け、一口飲み下す。
「あー、うめー!」
なにはともあれ、最初の1週間乗り切ったぞ!
来週から始まる里崎市での新採研修の準備もしなきゃだけど、まあ後回し。こっちに来てから最初の週末だあ!やったあ!

さてと、まずはノリのいいやつから、と。

持ち帰ったレンタル袋を手に取った時、店長から預かったレンタル袋に気が付いた。
「なんだろ」
袋を開けてみる。
「!」
いきなり綺麗なお姉さんのウルトラセクシーショットに釘付けになった!
タイトルは「隣のお姉さんシリーズ 1 片桐洋子の場合」。

…。まじすか!

思わず辺りを見回す。

なに考えてんだよ、あのオヤジ!
俺がそんなスケベ面に見えたのかよ!
…。けど、ちょっと観てみようかな…。少しだけ…。

店長、ありがとう…。

段ボール箱の底からヘッドフォンを引っ張り出してテレビのイヤホン端子に挿し、部屋の鍵を確認してから、静かにDVDを滑り込ませた…。

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