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「いただきまーす!」 第40話

2021/01/31
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第40話

ドンドン、とドアをノックする音がする。

…。

布団から腕だけ出して枕元の目覚まし時計を掴み取り、布団を被ったままで時計を見る。
11時か…。
とたんに腹に、ぐにゃりと柔らかくてあったかい固まりが当たった。
固まりはぶみゃあ、と唸り、やがてゴロゴロといい始めた。
あ、清十郎、いつの間にか入ってたんだ。

ああ、あったけえ…。

再び深い睡魔に襲われ、清十郎の柔らかな腹をさすりながら目をつぶる。

「ドンドン!」
外にいる誰かが再びドアを叩く。

しょうがねえな…。

「はーい。」
布団から顔だけ出し、返事をする。
うほっ、さんむい!

「田中さん、おはようございます!」
ノックの主の声が聞こえた。
あ、優子ちゃんだ。

起き上がって寝巻きがわりのジャージにダウンジャケットを羽織った。
清十郎は、めくれた布団のさらに奥に潜り込む。
ちっ、お前を迎えに来たんじゃねえか、お前がまず起きろよな!
布団を恨めしそうに睨みつけ、寒さに震えながらドアを開けた。

優子がダウンジャケット姿で立っていた。
「おはようございます。昨日は清十郎、ありがとうございました。」
「あ、いやいや。」
寝癖頭を手櫛で直しながらかろうじて声を出す。
「いますか?」
「今、布団の中。」
「あら、清十郎ったらもう…。どうもすみませんでした。」
「いやあ、あったかくって、こっちも助かりました。」
「それに男同士の年越しも、なかなかオツなもんだったよ。」
「それならよかったけど…。ほら清十郎、行くよ!」
優子が布団に向かって呼ぶと、布団がゴソゴソと動き、するりと清十郎が出てきた。
あくびをしながら大きく伸びをした後、ゆっくりと優子に近づき、足元に頬擦りする。
「さ、おばあちゃんとこに行くよ。」
どっこいしょ、っと清十郎を肩に担ぎ上げ、優子が出ていった。

一平はパタン、とドアを閉め、改めて自分の部屋を見渡した。
清十郎がいなくなっただけなのに、やけに広く感じる…。

いかんいかん、まずは部屋を片付けよ!

台所の食器類を片付け始めると、外からザックザックという音がする。
ドアを開けて外を覗いてみると、優子がスノーダンプを使ってアパートの出入り口の雪かきをしていた。
今はやんでいるものの、昨夜一晩で、かなり積もってしまったようだ。

ふうん…。

よおし、と、外着に着替え、アパートの外階段を降りる。

「手伝いますよ。」
「え、そんなあ。住んでる方にやってもらっちゃったら、悪いですよ。」
「いいんです。どうせ暇なんで。」
「それに車出せなくて困るのは俺なんだし。」
「そうですか…。それなら少しお願いしちゃおうかな…。」
「じゃあ、そこのスコップ使ってもらって、通路の雪をお願いしてもいいですか?」
「了解!」

アパート1階のドア前に、膝下ぐらいまで雪が積もっている。
やおらザクッとスコップを突き刺し、そのままその脇にバッと投げ捨てた。
「あ、そうじゃなくて。」
優子が、かしてみて、と一平からスコップを取り上げる。
「こうやるんです。」

優子は通路の雪にスコップで切れ目を入れてから下に差し込み、四角い立方体に切り取るようにしてスコップに乗せ、雪を積み上げても邪魔にならなそうな所までそのまま持って行き、ぽいっと放った。
「こんな感じでやると無駄がなくて、できあがりもきれいなんです。捨てる場所も最初に決めとかないと、後で捨てるところがなくなっちゃうんですよ。」
じゃあよろしくです、とにこりと笑い、一平にスコップを返した。

なるほど…。
よし、即、実戦!

言われた通りにやってみると、なるほど効率がいい。
「そう、そんな感じ。助かります。」
優子はスノーダンプを押しながら一平に声援を送る。
小一時間ほどで通路の雪かきは終わったが、駐車場の雪かきはまだまだだ。

「今度はそれ、教えてください。」
一平は優子のスノーダンプを指差す。
「え、これ?やります?」
「どうせだからこの際、今教えてもらっとこうかな、って。」
一平は優子からスノーダンプを取り上げ、にっこり笑った。

「先生、よろしくお願いします!」
「よろしい!では始め!」

あ、だめだめ、そこはそっちから、と指示を受けながらさらに小一時間。
ようやく駐車場の雪かきが終わった頃には、一平の体はすっかり暖まり、ダウンジャケットを脱ぎ捨ててしまっていた。

と、神代ばあちゃんが買い物袋を下げて歩いてきた。
「おやまあ、田中さんがやってくださったんですか?」
「あ、おばあちゃん、お帰り。清十郎、いるわよ。」
「田中さん、昨日は清十郎がお世話になりまして、ありがとうございました。」
「なのに雪かきまでしてもらっちゃって。なんかすみませんねえ。」
「いや、いいんです。やったことなかったから、僕がやらせてくれって、優子ちゃんに頼んだんですよ。」
「あらまあ…。」
「それではお返しと言ってはなんですけど、ちょっと早いけどこれから私の部屋で晩御飯食べてってくださいな。」
「え?お正月早々、申し訳ないですよ。」
「おせちの残りとお雑煮ぐらいですから、どうかお気になさらず、ね。」
「田中さん、ここはゴチになっときなさい、ってば。」
優子が追い討ちをかける。
「優子ちゃん、お雑煮教えたげるから、手伝って。」
「はーい。」
ほら、入って入って、と優子が一平を神代ばあちゃんの部屋に押し込んだ。

ここで一杯やっとってね、とこたつを勧められる。
足を入れるともう、しっぽりと暖かい。

こたつの上には重箱と小皿と箸。
そして地酒の四合瓶が置いてある。
お正月ですからね、はいどうぞ、と優子がぐい飲みに酒を注ぐ。
あとはご自由に食べててね、と重箱を開けた。
昨日ばあちゃんからもらったラインナップが、そのままきっちりと詰め込まれている。

食い飽きねえよな、実際。
甘いのとしょっぱいのを交互に食えるから、止まんねえ…。
黒豆を頬張り、地酒で流し込む。
あー、やっぱりうめえ。

と、ぐにゃりとなにかが足に当たった。
あ、このやろう、ここにいやがった…。
にやりと笑い、足先で清十郎の腹をいじりながら手酌で二杯目を注ぐ。

「はい、できました。」
優子が汁椀を持ってきた。
すまし汁仕立て、丸餅が1つ。鶏肉と長ネギ、それに三つ葉がちらしてある、シンプルなお雑煮だ。

ゆっくりと汁をすすり、具をつつく。鰹昆布出し。柔らかでジューシーな鶏肉と肉厚なネギ。三つ葉の香りがいいアクセントになってる。
「うまいです!」
「あら、よかった!」
優子が手を叩いて喜ぶ。

台所で聞いていた神代ばあちゃんは、ゆっくりと振り向き、タオルで手を拭いながらにっこり笑った。
「明けましておめでとうございます。」

あ、いっけね、そうだった!

慌ててこたつから立ち上がり、身を正す。
清十郎がこたつから頭だけ出し、一平を見上げた。

直立し、ぺこりと頭を下げる。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
優子が二人を見比べながら、クスリと笑った。

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