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「いただきまーす!」 第47話

2021/03/21
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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第47話

「あいつ結構いい感じだろ?俺もイケてるほうだったからさ、すぐ付き合い始めた。」
大戸がカッカッカと高笑いする。

「病院に通いつめて結構経った頃、先生から、もう一通りいけるんじゃない?って言ってもらえるようになった。」
「そんな時期にさ、礼子が聞いてきたんだ。」
「んで、どうすんの?ってさ。」
「実はその時、いざ開業、って所まで、頭が及んでいなかったんだ。」
大戸が苦笑する。

「よくよく考えてみると仕事って、イコール生活、なんだよな。アパート借りてメシ食って。」
「実際、県職のままの方が楽に暮らせるんじゃね?とかな。」
「だからさ、お前のことは本気だ。一緒に暮らしたいと思ってる。けど俺、お金ないからたとえ開業しても自分が食ってけるのがやっとかも、って言ったんだ。」
「そしたらさ。」
「そしたら?」
一平が思わず身を乗り出す。

「礼子から胸ぐら掴まれたよ。」
「誰が養ってくれ、って頼んだ?!ああ!ってさ。」
「あんた、来たばかりの頃、すっかり思い詰めてトンがっててさ、やることも言うこともみんなむき出して投げやりで、ホントにどうしようもなかったんだぞ!」
「でも通ってるうちにどんどん自分を取り戻してきたじゃない。あたしそれをずっと見てきたんだぞ!」
「あんたのことなんか、あんたよりもあたしの方がずーっと分かってる!」
「あたしがついててやるから、お前はおまえらしく、存分にやれ!」
「ってさ…。」

「そこまで言われりゃもう、やるっきゃねえよな。」
大戸がニヤリと笑う。

「担保のない若造を銀行なんかが相手してくれるはずもない。自分らのなけなしの貯金はたいて、最初は古びたビルの小さなテナント借りるとこから始めたよ。機械もなんも、リースとかしてさ。」
「開業したての頃は、誰も来ないし電話なんか全く鳴らない、なんて日が何日もあった。もう、毎月の支払いができるんだかどうだか、そればっか心配でさ。礼子のバイト代でなんとか食いつないでた。」
「まるでヒモだよ、ほんと。」

「そんなこんなで毎日格闘しているうちに、なんとかここまで来れた。」
「俺もすんごく頑張ったけど、自分だけでできた訳じゃない。」
「教えてくれた先生だったり、礼子だったり。いろんな意味でツイてた、としか言いようがないんだ。」

「…。そうだったんですね…。」

「俺の話はこれで終わり。今度は一平君の話。」
「僕の?」
「そう。」

にっこり笑い、今度は大戸が身を乗り出した。

「知識とか技術、経験を積み上げようとする俺みたいな奴の居場所がどんどんなくなっちまったと感じた時、俺は職場を見捨てる決断をした。けど、石川達は違う道を選んだんだ。」
「なくなっちまったんなら、自分達で自分達の居場所を作ってやらあ、ってな。」
「当時の俺にはとても思い付かなかった発想さ。」
大戸が天井を仰ぎ、ため息をつく。

「ここまでできただけでも大したもんだ、って俺は思ってる。」

「イッシーは相変わらずだけど、桐生さんなんてさ、どこいるか分かんなくなるぐらいおとなしい人だったんだぜ。それが今は、鬼とか何とか言われてんだろ?」
「人って、面白いよなあ。なあ!」
大戸が一平の背中を思い切りベン!と叩いた。
一平は、思わず持っていたグラスを落としそうになる。
慌てて掴み直し、カウンターに置く。

大戸が続ける。
「こんなことやってるとこなんか、他にはねえぞ。まあ、あいつらのやってること、みれるだけみててやってよ。面白れえから。」
「県職続けるとか辞めるとか、臨床やるとか他の道見つけるとか、そういうのはそのうちぽこっと答えがでちゃったりするもんさ。」
「俺みたいに、な?」
「はあ…。」

分かったような、分かんないような…。

と、店のドアがガチャリと開いた。
「あ、礼子ちゃーん!ありがとねー。」
座ったまま椅子をくるりと回し、大戸が両手を振る。
「もう、ほら行くよ!あれ、田中君?」
「あ、こんばんわ。」
「あっちゃん、まさかあんたが誘ったんじゃあないでしょうねえ。」
外の冷気を身に纏ったまま、礼子が大戸を睨み付ける。
「いえいえ、たまたまここでお会いしまして…。」
一平が慌てて弁解した。

「ごめんなさいね。ほら、行くよ。マスター、ありがとうございました。」
マスターが黙ったまま微笑みながら頷く。
「あ、田中君も乗ってかない?送ってくよ?」
「そうらね、そうしなって。明日仕事なんだから。」
大戸のロレツがちょっと怪しくなってきた。
礼子が大戸を急かせながら一平を促す。
「ごめんね、ほんとに。悪いけど一緒に乗ってって。」
「すみません、お願いします。」

外に出るとまだ強い風が吹き荒れていて、吹雪になっていた。
3人とも逃げ込むように礼子の車に滑り込み、礼子が車を走らせる。
助手席に大戸、後ろの座席に一平。

「礼子ちゃーん、ありがとねー。」
大戸は助手席で上機嫌だ。
「結構飲んだのねえ。まあ楽しそうでよかったけど。」
「はい、僕は毎日、礼子ちゃんと居れて、本当に楽しいですよー。」
大戸が助手席でバンザイをする。
「バーカばっかし。田中君、付き合わしちゃってごめんなさいね。」
「いえ、とんでもないです。いっぱい話できて、よかったです。」
「そうなんらって。いっぱいお話したんだってばあ。」
大戸はけらけら笑ってる。
「僕なんか礼子ちゃんの尻に敷かれっぱなしで、もう大変なんだから、とかね。」
「あのね、あんまり尻、尻、って言わないでくれる?あたし胸だって結構あんだかんね。あんまり尻、尻、て言うと、もうおっぱい触らしてあげないよ!」
「あー!それだけはご勘弁!ごめんらさーい!」

おいおい、おっぱい、って…。

「あのお…、すいません、僕のアパートここなんですけど…。」
「え!あ、ごめんなさい!」
礼子が急ブレーキを踏み、車がツツーっと滑ったあげく、アパートを数メートル過ぎた所でようやく停まった。

一平が車を出ると、少し風が弱まっていた。
礼子が運転席の窓を開ける。
「今日はありがとね。また今度。」
「田中君も、早くあたしみたいないい子見つけなさいよ!」
助手席の大戸がぐいっと身を乗り出す。
「ほーだ、ほーだ!頑張れよお!」
「あんたはいいんだっつうの!」
礼子が大戸の頭をぺしっと叩き、じゃあね、と窓を閉め車を出した。

車を見送り、一人残された一平は、アパートの外階段をゆっくりと上がっていく。

辺りはすっかり寝静まっている。
雪はゆっくりと振り続けている。

階段を上がる自分の乾いた足音。
聞こえるのは、ただそれだけだった。

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