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獣医さんなら知っておきたい、保健所の食品衛生監視員はこんな仕事

 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

食品衛生監視員ってなんだ?

よくテレビや新聞で食中毒事件が出て保健所が調査中、あるいは営業停止、とか出てますよね。
これは都道府県や保健所を設置する政令指定都市、中核市、特別区が、「食品衛生法に基づいて」立入検査をしている、あるいは営業停止処分を行った、という意味です。

そもそも私達の暮らしや商売の自由は、憲法で保障されています。
しかし、なんでも自由にやっていいよ、という訳じゃない。
周囲の方々に何らかの悪い影響が出てしまうようなことを起こしてしまった会社や人の活動は、その活動を詳しく調べ、何らかの制限をして影響がないように改善させてから再出発してもらわなければいけない。

食品の衛生に関することは食品衛生法で決められていますが、この法律では、立入調査などは、国や都道府県、あるいは保健所を設置する市及び特別区の職員のうち、食品衛生法に定める食品衛生監視員を任命した職員にやらせろ、と決められています。

任命できる職員の資格要件が、法律で決まっている

そして任命できる職員の資格要件もこの法律で決められており、その資格要件の中に、獣医師が含まれています。
また、獣医師免許を持っていなくても、獣医大学を卒業して獣医学を修めている人なら、食品衛生監視員に任命することができます。
上記のほか、資格要件としては、医師、歯科医師、薬剤師、食品衛生行政経験2年以上の栄養士さんの他、農芸化学など特定の課程を修了した人も食品衛生監視員になることができます。

自治体が募集する「衛生監視」とは?

所管する動物園の獣医師や保健所の狂犬病予防員になってくれる獣医師は十分確保できているけど、保健所の食品衛生監視員が不足しそうだ。
そんな時、自治体は獣医師や獣医大学卒業者だけでなく、いろんな経歴の方に間口を広げて「衛生監視」や「衛生(食品)」という職種で募集します。

身分と給与は?

「衛生監視」や「衛生(食品)」などの職種で採用された人は、技術系の大卒一般行政職の身分となり、給与もそれらの方と同等になります。
給与月額は一般的に、獣医師として採用されるより3万~5万円くらい安いレベルでスタートします。

私が体験した食品衛生監視員の仕事

さて、食品衛生監視員になるとどんな仕事をやることになるのか。

私が食品の係で体験した主な業務は、こんな感じです。
①食品関係営業施設の許可事務と監視指導
食品の営業のほとんどが、保健所の許可や届出が必要です。なので年中、たくさんの方が食品営業の相談に来ます。
カウンターに押し寄せるこの人の波を、まず捌く。

食品の営業許可は、営業のやり方や提供する食品の種類により許可を取ってもらう業種が変わります。
なので、まずどのような営業行為がどの許可業種あるいは届出業種に該当するか、そしてその業種に求められる施設と設備の要件は何か、管理運営の際に留意しなければいけない要件は何か、ということを頭に入れておかないと、全く仕事になりません。

加えて、食品の多くが国の法律で規格規準と保存規準が決まっている上に、法律で決めた規準ではなくガイドラインとして国から指示されていることもたくさんあります。
これもきちんと説明しないといけない…。

もう、最初の頃は必死に覚えながらの即、実戦。
主な業種を経験するだけで2年かかりました。

そして新規の施設と許可を更新する施設の立入検査に並行して、各業種の店舗や製造所に定期的に伺って衛生状態を確認したり、その時々のお知らせを配布したりする、いわゆる監視指導もやります。
なので年中、管内を走り回っていましたね。

公用車で飛び回って一旦職場に戻ると、今度は許可申請書の審査用書類の作成と決裁事務をこなしつつ、カウンターに相談者が来ればその応対。そして相談や苦情の電話への対応…。

いやいや、毎日てんやわんやでした。

ただ、何故かわかりませんが、誰も来ないし電話も鳴らない時間がぽっかりとあったりして、この時に係のみんなでほんの束の間、和やかなお茶を楽しんだりしてましたね。
忙しい仕事を切り盛りしている者同士の、このひとときがとても楽しかったのを覚えています。

②食品が原因と疑われる有症事案の調査
食品衛生監視員の重要な任務のひとつが、食中毒事件への対応です。
それはある日突然、一本の電話で始まります。

誰かがこの電話を取ると、居合わせたみんながすぐ感づき、ピタリと仕事の手を止めます。そして課長や係長がすっと応対者に近づき、聞き耳を立てる。
あとは応対者のメモを覗き込みながら概要を把握し、課長や係長が課内を見渡してアイコンタクト。

電話が終わるや否や、カウンター業務中の職員を除いて課内のほぼ全員が静かにミーティングテーブルに集合し、情報共有した後、初動班が静かに出動。
決して、「課長!出ましたあ!」なあんてフロア中に聞こえるような大声なんか出さないのです。
カウンターにお客さんがいますからね。

あとは現場からの初動班の情報をもとに、食中毒を疑われる施設の衛生確保や拭き取り検査、その施設を利用した人への聞き取り調査や検便検査の手配などを、手の空いてる人みんなで手分けし、一斉に取りかかります。
課長は医師である保健所長や県庁との情報共有と方針の模索。係長は現場の指揮。
刻々と変わる状況に対応しながら2の手、3の手を繰り出していきます。

食中毒事件の円滑かつ迅速な指揮。
そして保健所長や県庁との情報共有と組織方針の決断。
これは場数を踏んでない人には、絶対できません。食品衛生監視員としてのキャリアが一番問われる局面ですね。

③成分や表示の不備、不衛生な食品の調査
こいつも難題です。
食品の多くは成分の規格規準が決まっています。食品の表示もきちんとルール通りに表示しておかなくてはなりません。
カビが生えていたりした不衛生な食品は、購入した人が健康被害を受けるおそれがあります。

これらの不備が発覚した食品は、直ちに回収してもらい、消費者の手に渡らないようにしなくてはなりません。
当然のことながら、探知したら即、製造所へ出動です。(苦笑)

そしてまず、問題の発生した食品の流通量を把握するのですが、どこまでの製造ロットを回収範囲とするかの判断が難しいケースが多く、伝票や製造記録の写しを持ち帰ってみんなで議論することもしばしばありました。
回収ロットが決まればその全量を回収してもらい、改善策を取った上で製造を再開してもらう。
発覚から製造再開までたどり着くのに、何日もかかります。

近年は物流のノウハウが発達し、そのスピードも速いので、探知時点で既にほとんどが広域に流通してしまっていることが多々あります。
ひとたび回収となってしまうと、このことも大きな足かせになりました。

食品衛生監視員としての仕事以外も盛りだくさん!

保健所の食品衛生監視員は、獣医師免許を持っていれば狂犬病予防員を兼務することが多いです。また、動物愛護法関係の仕事も担当します。
スタッフ事情によっては、旅館・ホテル、理容師・美容師などの担当になることもあります。これらもなかなか大変です。
放浪犬の捕獲や収容・返還に出動したり、咬傷犬の対応や犬猫の譲渡などは日常的です。
旅館・ホテル、公衆浴場でレジオネラ感染患者が発覚したら、即調査と対策に走ります。
理容師・美容師の世界も人の出入りが激しく、開業相談はひっきりなしでしたね。

踏んだ場数と知識が武器

やってみてつくづく思ったこと。

まず食品関係の法令や通知、飲食を介して人に健康被害を起こす物質についての勉強をしないと土俵に上がれない。食中毒調査に至っては、細菌やウイルスはもちろん、山菜やキノコ、フグの魚種からアニサキスのような寄生虫、サバのヒスタミン等々…。覚えることは山ほどあります。
そして、この仕事は経験値が何よりも必要だということです。一回でも現物とそれを食べて七転八倒している患者さんを目の当たりにすれば、もうその残像が頭から離れることはありません。残像がある監視員は、初動で状況を聞き取った瞬間に、原因と考えられる複数の要因が頭にひらめきます。
その意味で、保健所の食品衛生監視員を長く勤めている方には絶対敵わない、と痛感する日々でした。

また、保健所の食品の係という組織は、若手には若手の、中堅には中堅の、そして総括者には総括者の役割が明確にあり、各々がきちんと役割を果たすことで、みんなが有機的に噛み合って仕事が前に進んでいく。
そんな組織です。

私は圧倒的に食肉衛生検査所が長かったので、保健所の食品衛生監視員としてのキャリアが全然足りませんでした。
若手、中堅、そして総括者。それぞれの年代でしなければならない勉強と経験があります。自分も、これをきちんと各年代で体験しておきたかった…。
それが私の悔いですね。
まあ、ご縁がなかった、とも言えるのでしょうか…。

保健所勤めをお考えの獣医さんへ。

食品衛生監視員という仕事は、膨大な知識と踏んだ場数を武器にした、誇りをもって続けていける専門職です。

獣医師になったのに、食品衛生監視員ってどうなんだ?と思うかも知れません。

でも、獣医学を修めたあなたに来てほしい、と言ってくれる職場がここにあります。
ともに暮らしている地域のみんなが不安なく買い物して、おいしいと言って食べてくれる。そんなありきたりの日常を、見えないところで大汗をかきながら支えているのが、食品衛生監視員です。

自分が大学に入るときには思っても見なかった仕事かもしれないけど、そういう仕事に巡り会うのも、ご縁ですよね。

この際、中途半端にと畜検査や食鳥検査に浮気なんかせず、保健所にどっぷりと漬かって食品衛生監視員の高みを極め、
「食い物の営業とリスク管理は俺に任せろ!」
なあんて啖呵を切ってみる。

そんな生き方、とても素敵だなあ、と私は思いますよ。

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