長く勤めた自分にしか書けない、そんな記事を。

「衛生獣医、木崎勇介」(食肉衛生検査所編) 平成16年(4)

2020/05/29
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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平成16年(4)

過ごしやすい秋の季節を迎えていたが、日々の現場検査と試験室内検査、対外的な行事をこなしているうちに、あっという間に年が暮れてしまった。
そして年末年始休みが明け、1月中旬のとある朝。

朝、自宅の窓から外を見た勇介は、思わずため息をついた。
昨晩から続く猛烈な吹雪は全く収まる気配がなく、隣の屋根がやっと見える程度だ。雪も思いがけないほどの量、降り積もっている。
おとといからこの時期定番の季節風が吹き荒れ、ここ2~3日は大雪が見込まれていた。
大急ぎで身支度を整え、いつもより1時間早く出ることにした勇介は、玄関で長靴を履き、厳冬期用のグローブをはめた。
葉子が手早く弁当を準備し、玄関まで持ってきた。

「ほんじゃ、行ってきます。」
「気を付けてね。今日はこの冬一番ね。」
「おう。」
スコップを片手に玄関を開けると、とたんに吹雪が家の中まで吹き込んでくる。
風に押し戻されそうになるのをこらえながら、外に出た。とたんに体が持っていかれそうになる。
(まずは車を掘り出さないといけない。)

30分ほど雪と格闘の末、ようやく車を掘り出し、家を後にした。
と畜場は食肉流通の出発点。吹雪が荒れ狂う厳冬期であろうが定時に開場する。荒天時には定時に間に合うように、と畜処理業者も関係業者も早めに行動する。食肉衛生検査所の職員も同様に早めに行動し、定時までにと畜場の各検査ポジションに立っていつも通りの検査を行うのが、当然の義務だ。

「大雪の時は早く来い」
新人の頃より、勇介はかつての上司から、きつく言われてきた。
道路がまともに機能せず、検査所に着くまでに大幅に時間がかかることと、除雪車が間に合わないことがしばしばで、所内敷地の駐車場に車を乗り入れることができず、駐車スペースを自力で確保する必要があるためだ。
なんとか所にたどり着いた勇介は、車からスコップを取り出し、所の正面入口の吹き溜まりをかきだし始めた。
数分後、秋山の車が到着。続いて石川、大戸、小杉が到着した。

「また勇介に負けたかあ。早いなあ。」
「いやあ、俺んち一番近いっすから。秋山さんもいつも早く来てもらって助かります。じゃ、俺、通用口に回ります。おーい、おはよ。秋山さんと正面頼むわ。」
「おはようございます。今日はすんごいですね。朝、車掘り出すの大変でしたよお。おい小杉、これ使いな。俺、スノーダンプ持って来っから。」
石川が小杉に自分のスコップを渡すと、車庫に向かって走り出した。
石川のあとに大戸が続く。

ふう、と大きく息をついた勇介は、自分が通れるだけの雪をかき分けて正面玄関にたどり着き、一旦所内に入ってと畜場へと向かう通用口を押し開け、今度は通用口の除雪に取り掛かった。
正面入口の除雪をしていた4人は、5人分の駐車スペースをなんとか確保した後、車を置いて所内に入り、手早く白衣に着替えてあわただしく各所へ散っていった。

数分後、通用口で除雪中の勇介に、防寒着の上に合羽を重ね、マスクとヘルメット姿の秋山が声を掛けた。
「生体検査は俺が行く。朝一番の処理分をチェックしたら牛の生体検査も済ませとくさ。豚の頭検査は小杉、内臓検査は大戸と石川に頼んでおいた。豚の枝肉検査と牛の検査は、たどり着いた連中と相談して決めてくれ。」
「ありがとうございます。うちらが生体検査終わらせとかないと、と畜処理始められませんからねえ。でも今日の係留所はさんむいですよお。」
「んな当り前のこと、今更言わんでええ。年寄りは冬装備のノウハウがあるんじゃい。」
ガハハと笑いながら、秋山は猛吹雪の中、100m程先にある豚の係留所に向かって歩き出した。

急遽、朝一番の頭検査を担当することになった小杉は、と畜場へ向かう前に、BSE検査室のエアコンと検査機器が順調に温度を上げていることを確認した。所に入ってすぐにBSE検査室に向かい、各スイッチを入れておいたのだ。BSE検査は、検査開始前に室内温度や使用機器の温度を最適温度にしておく必要があるが、寒い日はなかなか最適温度帯に到達せず、検査開始時間が遅れることがある。こうして誰かが機転を利かせておくことで、BSE検査の担当者がいつも通りの時間で検査を終えることができるのだ。

勇介が通用口の除雪を終えて所内へ入ると、廊下ですれ違いざま、大戸が、勇介さん、と声を掛けた。
「保留中の検体の処理と検査結果の連絡は、高山に頼んどきました。」
「おう、ありがとさん。じゃ、頼むな。今日の現場ローテーションの変更はあとで連絡があるはずだ。」
「了解です。」
大戸は通用口へと駆け出して行った。

事務室にはさらに数名が到着しており、現場ローテーション担当の藤岡が手早く今日の現場検査の分担変更を指示しているところだった。
藤岡は勇介と目が合うや、
「あ、勇介さん、朝一番の枝肉検査、お願いします。」
「ほい、了解。」

外を見ると、吹雪の中、北山所長が他の数名を従え、駐車場の雪と格闘している。
豚の枝肉が検査ポジションに到達するまであと30分。
まだ少し時間あるな。そんじゃ俺は、と、勇介は給湯室に向かい、大きなやかんにたっぷり水を入れ、ガスコンロの火を点けた。

巨大なと畜場建屋。その一角に豚の係留所がある。
建屋の一面に設置された大きなシャッターが開くと大型車が数台同時に停車できるピットがあり、その奥が豚をおよそ700頭収容可能な係留所となっている。
係留所は幅2m程度、奥行き約30mの縦長の通路10本で構成され、一番奥の電動扉が開くと、と畜場内へ最終的に追い込まれる通路へと続いている。
通路はそれぞれ横3つに仕切ることができ、この仕切りを活用して豚の出荷ロットを管理しつつ、と畜場内へと豚を送り込んでいくのだ。

前日に入荷した豚群の係留位置を頭に入れながら各業者の取引上の都合に配慮しつつ、当日入荷してくる豚群の係留位置を決めていき、順次、最終追い込み通路に追い込んでいくのが、解体処理業者の係留所担当主任の仕事だ。
食肉衛生検査所の生体検査担当者は、この主任と連携を取りながら係留所内の豚群に臨床症状がないかを目視検査していく。これが豚の生体検査だ。

秋山は係留所のトラックピットに駆け込むと、防寒着とヘルメットの雪を払い落としながら係留所の五十嵐主任に大声で声を掛けた。
「よう、おはよう!どっからやる?」
「おう、今日は先生かい。1番と5番、7番やったら、あとは奥から。」
「あいよ。」
「あと、そこのトラックで1頭診てくれってよ。」
「ほい、了解。」

秋山は、まずトラックの運転手にちょっと待ってて、と、身振りで指示した後、最終追い込み通路の豚群をチェックし、追い込み担当にOKサインを出した。
すぐさま、追い込み担当が自動電撃機へと豚を追い込んでいく。

次に秋山は係留通路1番に向かった。
豚の体表の汚れを落とすため、係留所の豚群係留スペースの上部からは水シャワーが出しっぱなしにしてある。
秋山は、飛び散るシャワー水と、豚の体温でもうもうと立ち上る湯気をかいくぐりながら、ピット側から一番奥の電動扉へと移動しつつ1頭ずつ目視検査していき、チェック済みを示す札を所定の位置に掛けた。

五十嵐主任から頼まれた7番までをチェックした後、呼ばれていたトラックへ向かう。
運転手と共にピット脇からトラックの荷台をのぞき込むと、1頭の豚が立てないようだ。
肉付きや被毛の状態、動作挙動から一般状態は良好だが、右の後足を地面に着くことができない。
と畜そのものを禁止しなければならないような重度の全身症状は認められず、問題は運動器のみにあるらしい。秋山はと畜可能な症例と判断した。
「よし、病畜として引き受けるから、病畜棟に回してくれ。おい、主任、これ病畜な。」
シャワー水でびしょ濡れになった秋山は、ヘルメットから水滴を滴らせながら、大声で五十嵐主任に指示した。

搬入時に何らかの異常を認めるものの、臨床症状等からと畜解体は可能と判断された家畜は、通常の処理ラインではなく、独立した全く別の解体ラインでと畜解体され、慎重に検査した上で食肉流通が可能かどうかを判断する。こうすることで、問題のない食肉のみが流通されるのだ。

別の解体ラインへ移す理由はもう一つあり、むしろこちらの方が重要だ。
臨床症状がある家畜は何らかの疾病を抱えている可能性があるが、そういった家畜そのものを通常の解体ラインへ送り込まないようにすることで、異常を呈した家畜が隠し持っているかもしれない病毒が通常の解体ラインへ入り込まないよう仕掛け、通常の解体ライン全体をより高い衛生状態で管理できるように仕組んでいるのだ。
このように生体検査は、一番最初に行われる食肉からの疾病排除作業であり、重要な関所だ。

臨床症状を見定める能力や、と畜場で行われる食肉衛生についての知識と経験など、総合的な資質が最も問われる検査ポジションでもあるため、郷浜では、判断が困難な症例に遭遇した場合は、一人で判断せず先輩や上司へ応援を求め、複数者で判断するよう指示していた。

大雪が一段落した1月末。
「さあて、やるかあ。」
石川が細菌検査室で大声を張り上げた。

「ちょっと、そんなに盛り上がんないで下さいよ。うるさいなあ。」
小杉が細菌検査用の粉末培地を電子天秤で測りながら言った。
「ようやく作業書の仕事に取り掛かれるんだぜ。待ってました、って心意気を感じてくれよお。」
石川が小杉の脇腹を小突きながら合いの手を入れてくる。

「お、始めんのか?」
勇介が安全キャビネットが設置されている無菌室から出てきて声を掛けた。
「勇介さん、先週モニタリング検査終わったばっかなのに、もう炭疽検査のテスト始めてるんすか?早いっすねえ。」
「言い出しっぺの俺がやるとこ見せとかないとさ。石川、お前の分も、2月末までには終わらせてくれな。」
「あい、がってんです。イメージ通りにいけば、十分間に合います。」
石川はどん、と胸を叩いた。
「もう、景気いいこと言っちゃって。」
小杉がさらに突っ込んでくる。
「大戸さん、加藤さんはもう初稿ができてるみたいでした。僕のもあと少しです。」
小杉の隣で粉末培地に蒸留水を入れていた高山が言った。
「なんとか年度末までには全体回覧終えて、所長決済もらおうな。」
勇介は安どの表情を浮かべながら言った。
「あ、そうそう、今年の内示、いつになるでしょうね。もう今年度も終わりかあ。」
高山が言うと、すかさず石川が言った。
「そんなん気にしたってしょうがないでしょ、うちら下っ端はどうせ希望通りになるわけないんだから、言われたところに行くだけだよ。」

そんな時、中渡次長が細菌検査室に入ってきた。
「ちょっとみんなに連絡がある。事務室に集まってくれ。」
皆、顔を見合わせながら事務室へ向かった。

事務室には既にほとんどの職員が集まっていた。
所長が一同を前に、口を開いた。
「皆さんにご報告がありまして、お集まりいただきました。」
「実は、当所の加藤さんが今年度末をもって退職することとなりました。」
「加藤さんからひと言、お願いいたします。」

加藤は一歩前に進み出て、皆を見渡してからゆっくりとした口調で話し始めた。
「私事で恐縮ですが、今年、学生時代からお付き合いしていた方と結婚し、一緒に動物病院をやっていくことにしました。皆さんからは大変良くしていただき、本当に感謝しています。ありがとうございました。」
加藤はそれだけ言い、深々と頭を下げた。

「いよっ!おめでとう!」
秋山が大声で叫び、大きな拍手を送った。
それをきっかけに、所内のみんなが拍手と共に「おめでとう!」と口々に叫んだ。
加藤は直立不動で顔を伏せたまま動こうとしない。
勇介は拍手を送りながら、ふと大戸と石川の顔に驚きの色がないことに気付き、二人をちょいと小突いて声を掛けた。
「なんだお前ら、知ってたのか?」
「あったりまえじゃないっすか。」
二人は勇介に向かってにやりと笑って親指を突き立ててきた。
さすが、奴らは付き合いが深い。感心していた勇介がふと目をやると、小杉が顔を上げずにがむしゃらに拍手している姿が目に入った。
(あいつは当分、荒れるかもな。)
勇介は、小さなため息をついてその姿を見つめた。

平成17年3月。
細菌検査の検査実施標準作業書の回覧が終了し、所長の決済が下りた。

西野課長は勇介ら作業書メンバーを会議室に集めた。
「今日、決済が下りた。本日よりこの作業書で検査を行う。」
西野は一同を見渡し、続ける。
「いいか、今日が出発点だ。」
「検査担当者は作業書の手順どおりに検査し、結果を積み上げる。検査総括者は検査の手技や根拠に説明責任を持ち、外部から検査について何か言われても、きちんとした根拠に基づいて設定した検査手技を用いて、検査担当者がきちんと検査を行ったと、検査総括者自身が説明する。」
「検査課長の俺が検査総括者なので、第一義的には、俺が矢面に立つことになるな。まあ、当り前の事なんだけど、うやむやにしないでその『当り前』を組織的に明文化したことに大きな意義がある。」
「作業書はいわば、検査担当者と検査総括者、ひいては所長との契約書みたいなもんだな。」

西野はさらに続けた。
「一番勘違いしてならないのは、作業書は『一回作ったらこれでおしまい』ではないということだ。」
「日々、検査技術は進化し続ける。新たな知見も生まれる。それらを日々取り込んで作業書を更新し続けていかなくてはならない。このメンテナンスを怠れば、作業書はたちまち形骸化してしまう。俺はこれを一番恐れる。」
「若いお前らのアンテナをフル活用して、作業書の中身を随時更新していって欲しい。俺はそれを総括者として評価し、承認するという役割分担だ。俺とお前らが噛み合って、初めてメンテナンスが成立する。どうかよろしく頼む。」
西野は一同に向かい、頭を下げた。

大戸が立ち上がる。
「課長のおかげでいいものづくりに参加することができました。ありがとうございました。次に続く者へとしっかり引き継いでいけるよう、がんばります。」
「何か、いい感じっすね。おい小杉、お前もがんばれよ。」
石川がちゃちゃを入れると、小杉は口を尖らせ、
「何で俺に振るんすか!まったくもう。課長、石川さんたらいっつもこんなで、態度がでかくてすみません。」
勇介はゲラゲラ大笑いしながら、石川を小突く。
「小杉、お前が謝るとこじゃないだろ。こら石川、お前こそ、もっとしっかりやってもらうからな。」
「うへえ、すいません。」
石川は首をすくめて頭を掻いた。

「これから、かあ。そういや明日は内示でしたね。」
高山がぽつりと言うと、さっきまではしゃぎ声が響いていた会議室が、すっと静まり返った。

翌日昼前、人事異動の内示が出された。
北山所長 里崎県庁
中渡次長 里崎食肉衛生検査所
西野課長 河郷保健所
石川 里崎保健所
木崎 郷浜保健所
加藤 退職

「勇介さん、保健所行っちゃうんすか?」
石川が勇介の机に近づき、声をかけてきた。
「そのようだな。この年で保健所か。全くのど素人のおじさんで勤まるか、俺が一番心配だよ。」
「俺も保健所初めてです。それに里崎は一番忙しい所って聞いてるんで、すっげえ不安ですよ。」
「石川、お前はいいタイミングで呼ばれたよ。お前ぐらいの年から積み上げれば大丈夫さ。良かったと俺は思ってるよ。会議なんかの時にどっかで会うだろうから、そんときはよろしくな。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
それじゃ総務から呼ばれてるんで、と、石川は足早に去っていった。

(保健所か。若いうちに1、2回一回呼んでもらっていれば、多少は役に立てるかもしれないが、この年で未経験者じゃなあ。)
勇介は、心の中で呟き、大きなため息をついて天井を見上げた。

大戸が近づいてくる。
「勇介さん、お別れですね。今までどうもありがとうございました。作業書のメンテナンスは任しておいてください。」
「ただ、ちょっと心配なのは、来年度の上層部ですね。」
「みんなアクの強い面々だな。まあ、出ていく身としては、がんばれよ、としか言えないよ。すまんな。」
「いえいえ、いるメンバーでやるしかないっすから。」
大戸は、じゃ、と一礼し、事務室を後にした。

勇介は立ち上がり、西野課長の席に向かった。
西野は勇介に、まあ、保健所でもよろしくな、と声を掛けた後、ちょっといいか、と、勇介を小会議室へ誘った。

会議室の扉を閉め、西野が囁く。
「俺たち団塊世代の大異動が、ついに始まったな。今回の異動でやって来るのは皆、里崎食検の長老組だ。」
「前も話したが、里崎も郷浜も、検査所は、同じ公所の中で係や役職を変える、いわゆる内部異動が中心。たまに同じ地域の保健所獣医師と入れ替えるのが関の山だったよな。恐らく今までは、牛主体の里崎と豚が主力の郷浜の商習慣や食文化の違いから、それぞれの地域の食肉業者とうまくやっていけるよう、地元出身獣医師中心での配置を重視してたんだろう。」
「そうやって囲い込まれたメンバーの中で昇格者を選定する際、歴代の上司は完全年功序列を貫いてきた。その方が、昇格者を選ぶ方も選ばれる方もルールがシンプルで分かりやすいし、お互いに先々の身分や待遇が読みやすいから、身内からほとんど文句が出ないからな。」
「こうして昇格年齢に達すると皆、ほぼ問題なく上の役職に推薦され、昇格する。まあ、中堅クラスの役職までは、内部昇格を事務方は黙認してきた。このへんは今も大して変わらない。」
「しかし公所の課長職みたいな外部関係者の矢面に立つ役職や、県庁の課長職以上の役職に相当する所長や次長クラス、いわゆる管理職への昇格となると、大らかだった昔ならともかく、世知辛い世間の視線をかいくぐって生き残ってきた近年の事務方は、さすがに黙認できなくなった。」

「そもそも事務方は、若い頃から3年程度で全く経験のない部署へガンガン転勤を繰り返しながら、数いる同僚と競争して昇格を勝ち取ってきているだろ。そんな彼らにしてみれば、同じ公所に長くいるなんて、よほどの家庭事情がある者か、あるいは転勤に支障を来すほどの問題を何か抱えている人物じゃないのか、というのが正直な感覚なんだよ。」
「それなのにねえ獣医さん、内部異動で管理職になっちゃっていいんですか?どうしても昇格させたいんなら、せめて別公所に転勤するなら昇格を認めてあげましょう、ときたのさ。」
「管理職への昇格適齢期を迎えた団塊世代が、今、ごっそりいるだろ。次々昇格させないといけないから、どんどん転勤させることになる。俺もその一人だ。」

「まず転勤ありきで、本人の適性や職歴なんて、もうお構いなしさ。」
「勇介、一貫して検査所畑で叩き上げてきたお前を、ぽいっと保健所へやっちまえ、なんていう今回の異動も、そうした団塊世代の昇格対策のあおりで生じた人事の玉突きの結果だよ。」
「職場のあり方としてみた場合、一番深刻なのは、仕事の引き継ぎだ。保健所と検査所、やる仕事が全く違うよな。だからそれぞれの畑で、こいつは、という若手を確保し、時間をかけて管理職までの各年代までのタテのラインを構築してうまいこと引き継ぎしてきたんだ。」

西野は深いため息をついた後、うつむいて呟いた。
「これがついに壊れる。職場がこの先どうなっちまうか、俺には見当がつかんよ。」
勇介は、ただ黙って聞いているしかなかった。

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