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「衛生獣医、木崎勇介」(食肉衛生検査所編) 平成23年(1)

2020/05/29
 
 
 
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たく かずと(ペンネーム) 某県で20数年公衆衛生獣医師として勤務し、退職。 家族とともに地元の自然と旬の味覚を存分に味わう日々を楽しんでいます。

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平成23年(1)

そして時は流れる。

平成23年3月の午後。
郷浜食肉衛生検査所の大戸は、理化学検査室にいた。
ここは検査所で一番日当たりの悪い方角へ位置し、春の暖かい光も差し込まない。
微量な化学物質を検出する検査をする場所なので、日光がなるべく差し込まないよう配慮しているからだ。

がらんとした検査室で検査テーブルの脇にある椅子に腰掛け、昨年までの悪戦苦闘の日々をぼんやり思い出している。
昨年春、経験者が全く不在の中で、いきなりモニタリング検査の主担当を任された。
なんで俺がやんなきゃいけないんだ、と思いながら辺りを見回すが、皆、気の毒そうな表情を浮かべながらも少し距離を置いてこちらの様子を窺っているだけだ。誰も俺が代わってやるよ、なんて言ってくれる雰囲気じゃなかった。

恨み言を言い続けているばかりではどんどん時間だけ過ぎてしまい、ますます自分の首を絞めてしまう。
やるしかない。
自分に言い聞かせ、開いたこともないファイルを引っ張り出し、前年の検査記録をなぞるように検査を開始した。
精密分析機器の準備段階でまず躓いた。
さっぱり解らない。数冊に渡る機器のマニュアルを必死に読んでみるが、言葉の意味すら不明だ。

高額な機器なので、変なことをしてうっかり壊してしまう訳にもいかない。
当時の検査課長に訴えるが、自分は詳しくないので衛生研究所の理化学検査担当者か里崎食検の担当に教えてもらえ、と言うだけだ。
所内に誰も頼れる人がいないので、藁にも縋る思いで里崎食肉衛生検査所の若手担当にこっそりメールして教えを乞い、びくびくしながらなんとか機器の準備をやってみた。

そこから苦行の日々が始まった。

まず添加回収試験を行い、きちんと検出できることを証明しなければならない。
添加回収試験とは、家畜の筋肉に決まった濃度になるよう検査対象となる抗菌性物質を加えて検査を行い、加えた物質が定められた回収率以上で検出できることを自ら証明する試験のことだ。
この試験は検査対象となる家畜の種類、検査手技ごとに行わなければならない。
郷浜では牛と豚を検査対象とし、3つの検査手技を行わなければならないので、都合6回やることになる。しかもこれをクリアしないと本番の検査を行うことができないため、失敗すると検査日程がどんどん後ろ送りになってしまう。
年度内の検査頭数は県全体の計画で定められているため、必ず計画頭数分を検査しなければならない。要するにノルマだ。

ノルマをこなさなければいけないプレッシャーを抱えながら目の前の添加回収試験に立ち向かうが、やるたびに問題にぶちあたった。
そもそも最初から標的物質を検出できないこともあった。また、前日得られた波形が今日になって全く検出できなくなったり、同じ試験品を測定しても毎回違う波形になってしまうこともあった。
何とか毎回同じ結果が測定できるようになったと思ったら、今度は回収率が悪い。
同じ担当者が1回上手くいったのに、2回目に何故か回収率が落ちる。
ある担当者は回収率が高くいい成績なのに、ある担当者は悪い。
何とか添加回収試験をクリアして本番の検査に入るが、そこでも機器のトラブルや波形の乱れが発生して検査が中断し、復旧作業で検査日程がまたずれ込んでいく。

問題にぶつかるたびに里崎の若手にこっそりメールで相談しながら原因をさぐり、試行錯誤を繰り返す。
ひとつ解決してはまた発生する新たな問題。検査チームのストレスもピークに達し、しまいにはあいつは下手だ、などと担当者への個人攻撃が始まった。
それに追い打ちをかけるように、「いつまでには終われそうなんだ?」と上司が迫って来る。
担当外の同僚や上司は、「大変だね。現場検査は俺達がやるから、中でがんばってくれ。」と言うが、そんな励ましなんか要らない。
欲しいのは目の前のトラブルに的確に対処する術を教えてくれる経験者だけだ。
(これだけ獣医がいながら誰も何にも知らないのか!こいつら今まで何やってたんだ!めんどくさい仕事を誰かに押し付けて、ひたすら逃げ回ってただけかよ!)
心の中で絶叫する。

検査に関する膨大な書類の作成、外部検査機関が作成した標準物質添加試料を測定し、きちんと測定できているかを評価してもらう調査への参加、県庁担当者による検査関係書類の審査などなど。
気がつくともう、2月が終わっていた。

もう、最悪だった。

そしてまたしても今日が人事異動内示の日だった。
次年度、自分は検査課に残留。
その内示書に一行、気になる名前を見つけていた。
「郷浜食肉衛生検査所 検査課長 木崎勇介」

勇介さんが来る。
でも、もう俺達は・・。
大戸は複雑な思いでその名前を見つめていた。

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